新潟支部総会のご報告 2017年度

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2017年度の東京外語会新潟支部総会が18年2月3日(土)、新潟市中央区で開かれた。二十数年ぶりの大雪をものともせず会員9人が集まり、大いに飲み、語り合った。
会場は、かつての繁華街のにぎわい復活を目指す古町地区に昨秋オープンした古民家×新潟食材イタリアンarmonia。セルフサービスの飲み放題だから、ビールは備え付けサーバーから勝手にジョッキに注ぎ、ワインも白、赤のボトルを自由に開けていい、という。いい年をしてそれほど飲めるわけではないのに、ワクワクしてしまうのはなぜだろう。
会の冒頭、昨年鬼籍に入られた2名の会員をしのんで黙とう。支部長の渡邊登さん(F1982)はあいさつで、近著「『核』と対峙する地域社会」を紹介した。一昨年の新潟県知事選で東京電力柏崎刈羽原発の再稼働が最大の争点となり、県民が慎重派の野党系候補を選択した背景が描かれている。柏崎刈羽は東電にとって福島第1、第2に次ぐ3カ所目の原発だ。
渡邊隆さん(D1976)の音頭で乾杯し、参加者それぞれが近況を報告。歓談のうちに夜は更けていった。新潟で行政や教育に携わる方が多く、「新潟をどう元気にするか」といった話題でも盛り上がった。ふるさと新潟で三十数年ぶりに暮らす私にはとても新鮮だった。
ほか印象に残った発言は次の通り。
「退職した。新しいことに挑戦したい」
「早くリタイヤしたい。給料が上がらないのに仕事が増えた」
「新潟の企業は英語で発信してグローバル展開すべきだ」
「女房は大事にした方がいい」
「支部会員を増やしたい。若い卒業生も多いはず」

出席者(敬称略):渡邊隆(D1976)、桐生裕子(E1979)、渡邊登(F1982)、長谷川健司(Pr1985)、富山栄子(R1986)、守田奈津子(R1987)、和泉田祥子(R1991)、櫻井裕子(C1991)、細田晴子(S1992)

投稿者: 長谷川 健司 ペルシア語 1985年卒業

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ポルトガル語科同窓会ルジタニア会2017年度総会・懇親会の開催

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去る2月24日(土)ルジタニア会(代表 大島勇次郎―外Po1962)では第11回総会・懇親会を昨年同様、新橋亭新館で11:30より一般会員6名を含め26名出席のもと開催しました。
総会では議案の報告事項として担当役員から2017年度事業・会計報告並びに監査報告があり、また、付議事項として2018年度事業計画と役員人事案が承認されました。
なお、席上、建学150周年募金や卒業50周年・25年周年慶祝行事に関する母校の近況が報告されました。
総会後での懇親会では新規加入会員と一般会員を中心にスピーチを頂きましたところ、できる限り多くの方々にお願いする関係で概して極くショートなスピーチになりました点、ご理解を頂けますと幸甚です。旧交を温めながら、定刻の14;30 集合写真に納まって閉会となりました。

―――参加者(敬称略)―――
(登録会員) 20 名
森健祐(外Po1958)橋本文雄(外Po1959))大島勇次郎(外Po1962)
宮崎善嗣(外Po1962)安藤雍男(外Po1963)西山龍実(外Po1963)
畑宏幸(外Po1963)高岡淳二(外Po1964)金七紀夫(外Po1966)
遠藤紘樹(外Po61966)柏谷博起(外Po1966)須田實(外Po1966)
川上直久(外Po1971)吉田頼且(外Po1971)佐伯努 (外Po1973)
池内昇(外Po1974)名井良三(外Po1975) 沼田行雄 (Po 1975)
岸本憲明(外S1976)岸和田仁(外Po1976)
(一般会員)6名
藤村登(外Po1958)清水盈雄(外Po1962)田中和雄(外Po1968)
和田雄二(外Po1973)中村保雄(外Po1974)山本賢司(外Po1979)

投稿者:ルジタニア会世話人 須田實 ポルトガル語 1996年卒業

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(株)アクティヴィのイングリッシュキャンプ事業の紹介

東京外語会平成の会委員長の天海(2007年英語科卒)です。
東京外語会平成の会のこの数年に渡る対面イベントを通じて出会えた同窓生の中には、相当ユニークな活動をされている方も多くいらっしゃいました。そういった方を順次紹介していきたいと思います。
卒業生にとってはこの人脈をビジネス的な交流に活用していただくもよし、
現役学生にとってはこんな働き方をしている人もいるんだというロールモデルとして参考にするもよし(凄すぎて再現性無いかもですが 笑)、
卒業生の社会への貢献の仕方の事例として、参考になれば幸いです。
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今回は平成元年にイタリア語科を卒業した平野圭一さんを中心とした外語大出身者で起業された(株)アクティヴィのご紹介です。

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※参考URL  https://activi.jp/

平野さんは名門外資系金融機関の日本法人トップやグローバルヘッド等の要職を歴任され、今は主業の他に次世代の豊かな未来のために気付き、意識改革、学習をサポートする諸事業を展開中という、まぁ、要するに世界的に見てもとてつもなく凄い猛者です 笑

代表の平野さん↓

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●事業内容
(株)アクティヴィの事業は「イングリッシュキャンプ」の企画・実施です。
イングリッシュキャンプというのは耳慣れない方もいらっしゃると思いますが、読んで字のごとく、全て英語で行われるキャンプの総称です。「国内留学」なんていう捉え方をされる人も多いみたいですね。
特にグローバル人材の育成を標榜するような学校では学校単位でイングリッシュキャンプに参加するケースも増えてきているようですので、小学校~高校時代に参加された経験がある外語大関係者も結構多いのではないでしょうか?

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アクティヴィのイングリッシュキャンプが特にユニークなのは、やはり企画から実施まで、全て外語大の関係者によって運営されていることでしょう。

子供達と触れ合うカウンセラーは現役の学生や留学生のバイリンガルであることはもちろん、実際に運営を担う平野さんを始めとする実務者に加え、世界の最前線で英語を武器に現役バリッバリで活躍する外語大出身のビジネスパーソンが運営助言チームに参画しています。

アカデミック&実践面の両面で英語の習得に必要なことをこれほどまでに熟知した人達が運営するイングリッシュキャンプははっきり言って日本のどこを探してもまずないでしょう。超絶的に強力な布陣です。

もちろん、言語の習得というのも重要なところではありますが、アクティヴィとしては言語の上達には自発的な学習が最も有効であり、その自発性、言わば様々なバックグラウンドを持つ人達と意思疎通が取れることの「喜び」であるとか、「もっと伝えたい!」という気持ちとか、そういった体験をすることが非常に重要であるという考え方です。
私にも身に覚えがあります 笑

つまりそんな気持ちをどんな子供達からも引き出せるノウハウがアクティヴィの真骨頂であり、アクティヴィメソッドの肝なんでしょうね。
社名はActively(自発的に)とActivity(行動)が語源とのことですが個人的には自発的になるスイッチを起動させる(=Activate)も入ってるんだろうなと感じた次第です。
これからのサービスが非常に楽しみなスタートアップです。

●直近のイングリッシュキャンプ情報
1DAYキャンプが以下の要領で実施されます。 https://activi.jp/

該当する年齢のお子様がいらっしゃって、英語を話す楽しさを体験させてみたい!とお考えの方はこの機会に利用されてみてはいかがでしょうか?同窓による運営の安心感は半端無いと思います 笑
ちなみに今なら創業記念価格ということで安価ですが実はここからさらに外大割引もある(!)とのことですので興味をお持ちの方は、詳細についてはアクティヴィにお問合せください。(あまり大きな声では言えませんが相当安くなりそうです笑)
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今回は卒業生が経営する会社の事業としてアクティヴィのイングリッシュキャンプを紹介しました。次回以降も卒業生が経営する会社や活動等をできる限り簡潔に紹介して参りますので、気になるものがあれば利用してみたり、問い合わせをしてみてください^^

また、紹介させていただける事業や活動があれば仰っていただければお話お伺いしに参ります!

連絡先はこちら https://ameblo.jp/heiseinokai/ 又は https://www.facebook.com/heiseigaigo/

投稿者:天海健一 英語 2007年卒業

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外大9条の会、年明けの例会は熊岡路矢さんが講演

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本年1月27日、6回目となる高田馬場F・Iビルでの“ミニ講演会&ワインで交流会”が開催され、以前日本国際ボランティアセンター(JVC)代表を務められ、現在は日本映画大学特任教授として後進の指導に当たられている熊岡路矢さんに講師役を務めていただきました。熊岡さんは1966年に本学の中国語科に入学されましたが、いくら異常な事態とは言え「試験の答案は不要で、名前だけ書けば卒業できる」という状況に納得がいかず1970年3月、卒業を目前にして中途退学されたという、ある意味では異色の経歴の持ち主です。

熊岡さんは1976年から1977年にかけての世界一周の途上、フランスでカンボジアからの男子留学生3人と知り合いになり、彼らとの出会いがその後の熊岡さんの進路を決めたとのことです。当時のカンボジアはかの悪名高いポルポト政権下、多くの人々が虐殺されました。従って多数の難民が発生しましたが、熊岡さんはこうした難民の救援活動に参加すべく、1980年3月バンコクで誕生したJVCの事務所の扉を叩きました。その後、ソマリア、エチオピア、パレスチナなどでの活動に加わりましたが、こうした経験がNHKの『クローズアップ現代』や同じくNHK・BSの『ザ・プロファイラー』出演にもつながっています。

講演の中で印象的だったのが世界で起きている紛争の背後にはアメリカの「軍産複合体」の存在があるという指摘です。すなわちパレスチナ・イスラエル紛争さえ早く解決できていればイラク戦争もシリア内戦もなかっただろうが、戦争で利益を得る人たちの存在がこれらの問題解決を長引かせているというのです。熊岡さんによれば「軍産複合体」が戦争を起こしたがる理由は①冷戦後の「保身」(軍事費縮小傾向の阻止)②武器の大量消費③新しい武器の実験④政権幹部と軍需関連企業との結びつき(eg:ブッシュ父子、チェイニー、ラムズフェルド等)にあるということです。

講演終了後はワインを飲み、「文流」で用意していただいたイタリア料理をつまみながら、各自思うところを忌憚なく発言しました。今回は講演内容が確定するのに多少遅れたこともあり、準備不足で参加人数は例年より若干少なめでしたが、それでも充実したひと時を過ごすことができたと思います。

投稿者: 鈴木 俊明  スペイン語 1972年卒業

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ヴィシュワ・プラカシュの翻訳本を文芸社から出版する

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タイトル:「誰が私の魂を盗んだのか?
人生の意味に関する悪魔との対話」

著者名:ヴィシュワ・プラカシュ
訳者名:荒尾 紀倫
出版社:文芸社
価格:本体1,500円+税

目次
笑いヨガ創始者の日本語版へのまえがき
著者まえがき
第1章 悪魔とヴィシュワの対話
第2章 誰が私の魂を盗んだのか?
第3章 与えて得る
第4章 意味の意味すること
第5章 悪魔、仮面を脱ぐ
第6章 野獣の本性
第7章 悪魔にも良いところはある
第8章 魂のエネルギー
第9章 有言実行
第10章  最後に笑う者
笑いヨガ創始者による原著へのあとがき
訳者あとがき
付録 笑いの健康への効果

私の怒りっぽい嫌な性格が笑いヨガによって治ったことを笑いヨガ国際大学のホームページに書きましたところ、これを読んだヴィシュワ・プラカシュ(米国における笑いヨガマスター)が自分も同じような経験をしたとメールを寄越して来ました。それ以来彼との交流が始まり、そのうちに彼のWho Stole My Soul?の翻訳を依頼され、今年の初めに文芸社から「誰が私の魂を盗んだのか?」と題して出版しました。
ヴィシュワは米国で織物デザイン会社を経営し、世間的には成功していましたが、笑いヨガの存在を知り、その創始者であるマダン・カタリア博士から直々に指導を受け、米国におけるマスターになり、ボランティアで笑いヨガの普及活動を始めました。笑いヨガに打ち込むうちに本来の織物デザインの仕事に身が入らなくなり、自分の魂が盗まれてしまったかのような状態になり、ビジネスマンの考え方とそれを否定する気持ちとの葛藤に悩みます。
当時のヴィシュワについてマダン・カタリア博士は「2004年にティーチャーの訓練を受けに来たヴィシュワは人生における多大なストレスを感じていた」と評しています。ビジネス世界に身を置いていたヴィシュワはビジネスマンとしての怒り、嫉妬、報復、自己不信、劣等感などを引きずっていました。しかし、笑いヨガ体操を人々のためにリードすることによって、ヴィシュワは人々の緊張とストレスを払いのけ、人々が欲求不満、怒り、苦悩、日々の不平不満から解放されるのを手助けします。憂鬱や孤独感を自然な笑いに変える手助けをするのです。与え分かち合うことにある種この上ない喜びを感じます。
ヴィシュワは笑いヨガで味わえる喜びと自分の内なる悪魔的な感情と戦うためには、その悪魔的な感情の正体を見極め、他人への思いやりや気配りを育む必要があることに気づきます。そのために自分の考え、信念、感情を変え、積極的な感情や考えを持つよう自分自身に命じます。消極的な感情が出て来た時には、他人への思いやり、世界と自然への思いやり、自分自身への思いやりを持つように努めます。ヴィシュワはこのように自問自答しながら思いやりの感情を日常的に持てるように自ら創ったGAFLOP(Gratitude:感謝する、Appreciation:尊重する、Forgiveness:惜しみなく与え許す、Laughter:微笑み笑う、Optimism:良い結果を思い浮かべる、Prayer:純粋な心で祈る)なるモットーを実行して自分の内なる葛藤を克服します。その過程を悪魔との対話の形式で表現したのがこの本です。
私も笑いヨガの経験からヴィシュワが掲げたモットーがよく理解できます。私は今では自分のことより人のためになることを考えるようになりました。現在笑いヨガ体操をボランティアでコミュニティーの人々のためにやっていますが、ヴィシュワの表現によれば「思いやりのモードに入ると、誰に対しても腹を立てたり、悪意を持ったりする気がしなくなります。素晴らしい平穏がやって来て私を愛で包みます。」
ヴィシュワは日本語版の出版を記念して日本で講演を行うことを楽しみにしていましたが、残念ながらこの本が出版される前にこの世を去ってしまいました。彼の墓前にこの本を捧げ冥福を祈ります。

投稿者: 荒尾 紀倫(あらお のりみち) ロシア語 1962年卒業

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パリ東京外語会新年会開催ご報告

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2018年2月2日 (金)、パリ東京外語会の新年夕食会が開かれました。去る2016年、2017年は在パリ同窓生が一堂に会する好機なく過ぎてしまったため、2015年9月25日に言語文化学部長川口裕司教授を囲んで、同窓生に加え、パリおよびフランス各地で留学生活を始めたばかりのフランス語科在学生が集まり、さらに秋廣尚恵准教授のご出席も得た会以来、2年半ぶりの同窓会となりました。

この新年会には、1970年から1972年にわたり母校大学と大学院でフランス語外国人教師を務められた Jean-Luc DOMENACH ジャンリュック・ドムナック、Geneviève DOMENACH ジュヌヴィエーヴ・ドムナックご夫妻がお越し下さいました。

今や半世紀近く前、フランス語科の学生だった方々は両先生の授業を記憶されていらっしゃいましょう。夫人は日仏学院での授業数の方が多かったと述懐されているので、日仏学院で生徒だった方々もいらっしゃるでしょう。その後、ドムナック氏はフランスの社会科学系教育研究機関の名門、通称シアンスポの国際関係学センターを拠点にフランスの現代中国政治学およびアジア国際関係学を率いた碩学となられ、夫人はミッテラン政権時に社会政策担当の要職を歴任され、ユネスコ北京事務所代表を最終ポストに定年引退されました。

母校の元外国人教師とは言え、フランスの教育研究界、行政界で名を成されたドムナックご夫妻を同窓生の小さな集いにお招きするには勇気が要りました。ご招待に至る経緯をお話いたします。

同窓の斎藤アレ総子さん( F1974 )の娘さんが昨秋カーン大学で映画学の博士号を取得されました。その公開論文審査会で、審査員のひとりとして、娘さんの研究を指導された Elise DOMENACHエリーズ・ドムナックという方が紹介されました。斎藤さんにも私にも、かつて東外大で同姓の教師に教えを受けた、という記憶はすぐに蘇ったのですが、それ以上の留意には至りませんでした。ところが、博士号取得の祝宴での歓談で、ふたりのドムナック は父と娘であることが分かったのです。斎藤母は東京でドムナック父を師に、斎藤娘はフランスでドムナック娘を師に得た、この時空を跨いで起きた、かなり確率の低い偶然に蛮勇を得て、高名な方ながら、ジャンリュック・ドムナック氏に氏を囲む新年同窓会開催を提案いたしました。

ところが、折しも、マクロン大統領の訪中が政治日程にあり、氏は中国政治学の権威としてエリゼ宮準備チームに加わっておられ、マクロン出発まではその後の氏ご自身の日程がお立てになり難かった理由により、新年会が正月過ぎて、2月早々に開かれた次第です。

この会には、2007年から2011年までやはりフランス語科で教鞭をとられ、現在はソルボンヌ大学通訳翻訳養成高等学院(ESIT)講師の Sonia DELMAS ソニア・デルマス夫人が前回に続き出席下さいました。母校元外国人教師のお三方が、同窓生各自の自己紹介から次々と話題を引き出して発言を誘導され、懇親会はさながら日仏社会観の意見交換会の趣となりました。

会場はリュクサンブール庭園に隣接するレストラン。出席者は( 同窓生は敬称略 )、
[前列左から]デルマス夫人、ドムナック夫妻、斎藤総子( F1974 )、
[後列左から]吉澤雅樹( F1999 ) 、竹本彩( F2004 ) 、鬼頭夕佳( D1992 ) 、沼田睦子( F1969 ) 、井上春菜( F2000、ジュネーヴから来巴 ) 、野田春美( F1986 )、守川智子( F1988 ) 、桑島みどり( F1976 ) 、千田多美( F1992 )。

シアンスポ留学中にドムナック教授の講義を受けた小川あゆささん( F1997 ) は風邪のため已むなく欠席。
宮澤弘行( F1982 )、林正和( F1983 )、市橋弘章( F1997 )、川崎誠久( F2001 )の四氏は当日が出張に重なって欠席、かくして同窓の男性はひとりのみの出席となりました。

投稿者: 沼田睦子 フランス語 1969年卒業

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ゲルマニア会 懇話会より -西口拓子教授 懇話『教員として体験したドイツの大学-アメリカ化する大学?-』を聴いて-

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昨年11月開催のゲルマニア会世話人会で、現在専修大学経済学部西口教授による懇話を聴いた当会会員宍戸武志さん(D1963)から感想文が寄せられました。
ドイツの大学での教員体験を通して見た当地の大学概況日独大学比較及び大学生気質など興味ある内容に触れることが出来ますので、ここに添付させて頂きます。
なお、西口教授は外語大で「グリム童話」関連の論文で博士号を取得されておられます。

ゲルマニア会懇話 『教員として体験したドイツの大学』とは(←こちらをクリックしてください)

投稿者: 能登 崇 ゲルマニア会 世話人幹事  ドイツ語 1966年卒業

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シンポジウム「緊迫する朝鮮半島情勢と習近平・中国の行方」

※クリックして全3ページ参照ください。

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【イベント】朝鮮半島情勢と習近平体制の未来を考える緊急シンポジウム開催のご案内です。2018.3.17
東京外国語大学の中嶋嶺雄・元学長(故人)の元ゼミ生らで構成する任意団体「中嶋嶺雄研究会」が開催するシンポジウムで、終了後には参加者との懇親会も予定しています。皆さんの参加を歓迎します。

「緊迫する朝鮮半島情勢と習近平・中国の行方」
主催:中嶋嶺雄研究会、後援:一般財団法人アジア・ユーラシア総合研究所

日時:2018年3月17日(土)午後1時30分~午後4時45分
終了後、会場内で懇親会
会場:桜美林大学四谷キャンパス(東京都渋谷区千駄ヶ谷1-1-12、☎5413-8261)
場所:最寄り駅:JR中央線・千駄ヶ谷駅、地下鉄副都心線・北参道駅。地図参照。
参加費:2000円

■パネリスト (アイウエオ順)
(1) 井尻 秀憲・東京外国語大学名誉教授(現代中国・台湾)
(2) 伊豆見 元・東京国際大学国際戦略研究所教授(朝鮮半島)
(3) 小原 凡司・笹川平和財団上席研究員(中国軍事・安全保障問題)
(4) 小西 克哉・国際教養大学大学院客員教授、キャスター(米国政治)
(5) 小針 進 ・静岡県立大学教授(現代韓国社会論)
(6) 曽根 康雄・日本大学教授(中国経済・香港)
(7) 濱本 良一・国際教養大学教授(現代中国・東南アジア政治経済)

■開会あいさつ

■前半:緊迫する朝鮮半島情勢■
冒頭 報告①=伊豆見元「最新の朝鮮半島情勢」
報告②=小針進「最近の韓国情勢をめぐって」
司会=小西 克哉  パネリストの討論と会場からの質疑応答

<休憩 10分間>

■後半:習近平・中国の行方■
冒頭 報告①=井尻秀憲「習近平“一強体制”の今後と日中関係」
報告②=曽根康雄「中国経済の現状と将来」
司会=濱本 良一  パネリストの討論と会場からの質疑応答

■閉会あいさつ

■懇親会 午後5時~6時30分 会費 3000円 (希望者のみ)

申し込み・問い合わせ先 http://www.nakajimaworks.com/
<Works Nakajima Mineo 諸論説>
会場地図 http://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/~nagasawa/images/Oberlin_sendagaya.pdf

投稿者: 濱本 良一  1976年中国語卒業

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東京外語会ニューデリー支部<デリー外語会からの便り>

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日時:2017年12月9日(土)午後7時より
場所:Le Bistro du Parc (フランス料理)
住所:A 57, 58, 59, Moolchand Market, Defence Colony, New Delhi
電話:+91-90-6910-1009
HP: http://www.lebistroduparc.com

<デリー外語会(東京大阪合同)>

2017年12月9日(土)午後7時より、インドに在住する東京外国語大学の卒業生によるデリー外語会(東京大阪合同:今回は残念ながら大阪外国語大学・大阪大学からの参加はありませんでした。)が開催されました。寒さが日増しに深まるデリー地域にて、今回は3名の参加と少々人数的には寂しさもありましたが、男3名で大いに盛り上がりました。首都ニューデリー・ディフェンスコロニーにあるフランス料理レストラン「Le Bistro du Parc 」での開催となりました。こじゃれた雰囲気の店内で、日本人サラリーマンのノリを加えて、インドビール、インドワインを酌み交わし歓談・談笑をすることができました。

参加者は、山田さん(幹事、東外大2003年ドイツ語卒)、片桐さん(東外大1989年イタリア語卒)、中嶋(東外大2000年スペイン語卒)の3名です。

今回の開催は、師走の時期と重なり、参加者は少なかったのですが、インド駐在間もない、初参加の片桐さんと幹事の山田さん、中嶋の3名でビールでの乾杯でスタートしました。デリー外語会では珍しく、全員がヨーロッパ語科出身でした。これまでの経歴を含めた自己紹介の後、みっちり3時間強、インドビジネスの難しさから、インドでの車の運転、昔懐かしい西ヶ原キャンパスの思い出話、デリー、グルガオンのレストラン事情、インド人の気質(毎度ですが。。)等々、気がついたらビールに加えワインも3本空いてしまいました。
(添付:ほろ酔いの3人です。写真向かって、右:片桐さん、中:中嶋、左:山田さん)

次回以降も、デリー外語会のネットワークの基盤づくり・更なる会の活性化・継続した定期会合(大阪外国語大学との共同会合を含む)の開催等々、推進して参いりたいと存じます。引き続き皆様方のご協力とご支援を宜しくお願い申し上げます。

次回は3月開催を予定しております。

投稿者: 中嶋 浩太郎 スペイン語 2000年卒業

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「東京外語会有志による海外支部歴訪の旅」忘年会開催される

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「東京外語会有志による海外支部歴訪の旅」の忘年会が、2017年12月21日(木)正午から午後2時半までNEC三田倶楽部で19名の参加を得て開催されました。これは、1995年以来、過去17回にわたって行われた「海外支部歴訪の旅」に参加された方及び関係者の皆様が、再び一堂に会して、旅を回顧しながら年末の一時を過ごそう、というもので、この4,5年前から毎年行われているものです。

会は、石原幹事代表のご挨拶で始まり、小出外語会副理事長及び青野咲耶会前東京支部長からもご挨拶をいただき、今回最長老の野口さん(In1954)の乾杯で幕を開けました。今回は趣向を変えてロシア料理に舌鼓を打ち、特にボルシチは美味でした。

この「海外支部歴訪の旅」は、大阪大学外国語学部(旧大阪外国語大学)同窓会の「咲耶会」とも連携して行われており、今回「忘年会」にも咲耶会から磯田元会長及び青野さんが参加されました。会場も咲耶会の友金様のご紹介によるものです。咲耶会のご協力に感謝申し上げます。

「海外支部歴訪の旅」は、台湾から始まって、タイ、モンゴル、スペイン、ロシア、米国、エジプトなどを訪問し、最近は、南フランスとパリ、トルコ、オーストラリア、ミャンマーを訪問しました。訪問先の外語会各支部とは感激の交歓会を開催し、現地支部・訪問団とも母校の仲間の良さ・ありがたさを再認識することとなりました。参加者は、楽しかった旅の思い出話しに花を咲かせたり、はたまた、大学の現状や在り方に議論が及んだりして時の経つのも忘れるほどでした。

次回は、2018年秋にイタリア支部(ミラノ)を訪問する予定で、目下、準備を進めています。募集は、外語会会報やこのメルマガで行いますので、皆様の奮ってのご参加をお待ち致します。

[出席者] 写真左から(敬称略) (村田吉隆(C1967)、秋保哲(C1981)は途中退席)
(前列)
小出三郎副理事長(S1971)、小林正典(E1957)、磯田良一咲耶会元会長(In1955)、野口健兒(In1954)、石原隆良(D1956)、相馬寿美乃(F1964)、鈴木公子(F1965)、川口翠子(C1965)、
(後列)
田中哲二(C1967)、富山絢子(F1964)、青野光裕(F1960)咲耶会前東京支部長、都筑秀之(F1961)、新田和夫(M1962)、田中和子副理事長(E1966)、三浦哲郎(E1961)、藤井俊彦(D1961)、林義之(F1966)

投稿者: 林義之 フランス語 1966年卒業

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私の編訳本紹介『S.モームが薦めた米国短編』

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今年十一月中旬に出版社未知谷から上記写真題名の編訳を出版しました。

サマセット・モーム(1874-1965)は数多くの小説、戯曲、紀行文、エッセイなどを発表していますが,他にいくつかのアンソロジーを編纂しています。その中に1943年にニューヨークのダブルデー社から刊行されたGreat Modern Reading: W. Somerset Maugham’s Introduction to English and American literature があるのを私はモームの南海もの短編集The Trembling of a Leaf(拙訳『一葉の震え』近代文藝社、2015)の翻訳中に知りました。

このアンソロジーは、当時、書籍が簡単に手に入りにくかった地方に住むアメリカの読者が、英米文学を広く浅く俯瞰できるように、20世紀前半の英米の作家や文人による短編小説(short stories)、詩、文芸評論、エッセイ、書簡などを153篇詰め込んだかなり浩瀚な本です。筆者はアメリカ文学の研究者ではないのですが、どうしてもいくつかの米人作家の短編小説とモームがそれらを選択した視点と作品に対するコメントを併せて紹介したいという強い思いに駆られました。上記アンソロジーに採録された米国人作家の短編小説43篇から筆者自身の基準で9篇を選択し翻訳しました。しかし、出版する段階になって、紙数の関係で3篇は割愛せざるをえませんでした。

皮肉なことに、その中の一つヘンリー・ジェイムズ著The Beast in the Jungleは随所に晦渋な文章があり、筆者は翻訳に最も苦しみ、最も長い時間を費やしたのですがその反面、仕上げた訳文にそれなりの自負があり愛着のある作品でした。しかし、これは短編というより中編に近い紙数のため、未知谷の編集者とすぐ合意できた6作品の出版を前提にすると、どうしても編入できず、後ろ髪を引かれながら、削らざるをえませんでした。

結局残った6作品は、いずれもモームの好みにあった作風で、奇抜なあるいは予想外の結末で読者に強烈な印象を与える名作です。六人の作家のうち三人は世界大恐慌後に、互いに10年以内の間隔でノーベル賞を受賞した作家(1949年ウイリアム・フォークナー、1954年アーネスト・ネミングウエイ、1962年ジョン・スタインベック)で、彼らは世界的に著名ですから、ほとんどの読書人は彼らの作品の一つや二つあるいはそれ以上を読んでいるでしょう。ここで取り上げた作品については、冒頭の私のささやかな解説も参考にしてまず読んでいただきたいです。

残る3人の作家もそれぞれにユニークで評価の高い作品を発表しています。特にF.スコット・フィッツジェラルドは日本でもファンが多い作家で、拙訳『再訪のバビロン』は、先人による既訳もいくつかあり、私としても意識せざるをえず力がはいりました。イーディス・ウオートンの『ローマ熱』は二人の上流社会の婦人の会話の展開が絶妙です。

途中で思わぬ病魔に見舞われたこともあり、翻訳を始めてから出版されるまでに2年余の時間が経過しましたが、本編訳の上梓は喜寿を迎えた年を締めくくるにふさわしい出来事で何よりの励ましとなりました。

投稿者: 小牟田康彦  英米科1965年卒業

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福岡支部同窓会ご報告 2017年

20171213

11月25日(土)、モンゴル料理店『モンゴル城(ホト)』にて、福岡支部外語会を開催しました。今年は残念ながら、例年参加してくださっている先輩方が数名欠席した中での開催となりましたが、森山支部長(1977年 C科卒)はじめ総勢12名の参加で盛り上がりました。

初参加のメンバーが自己紹介を終えた後、懇親会に移行、それぞれ近況報告を行いました。やはり新しい同窓生に会えることは嬉しく、支部の存在意義を再認識できます。同世代と旧交を温めることは勿論、人生経験豊富な先輩方のお話を聞くことができることも、同窓会の醍醐味であると感じた次第です。

モンゴル料理に舌鼓を打ち、また余興でも盛り上がり、会員一同充実した初冬の一夜を過ごすことができました。

来年もまた会員一同、元気な姿で集まれることを心より楽しみにしております。

投稿者: 安部有樹 中国語 2002年卒業

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東京外語会中部支部総会のご報告

20171212

2年ぶりとなった中部支部総会は12月2日昼、名古屋市東区のホテルメルパルク名古屋で開かれ、来賓も含めて32人が集いました。大学からは、立石博高学長、岩崎稔副学長、萩尾生教授の3人が前日の広島支部総会から転戦して駆け付けてくださり、外語会本部からは長谷川康司理事長、小出三郎副理事長、小林孝雄支部委員長に臨席いただきました。また、前学長の亀山郁夫・名古屋外語大学長も、午後からの大学の理事会の前に、たった20分の滞在でしたが顔を出してくださいました。

参加者の中には、名古屋グランパスエイト社長の小西工己さんの姿も。失意のJ2降格から1年、翌日にJ1復帰を賭けた大一番を控えた多忙の合間を縫っての出席で、壇上で参加者に応援を要請。そのかいあって(?)、グランパスは無事、来季の昇格を決めました。

何かと慌ただしい師走に入っての開催だったせいか、前回に比べるとこぢんまりとした会となりましたが、それだけに参加者同士が親密になれたようです。ビュッフェ形式でテーブルを自由に移動できるようにしたこともあり、「たくさんの同窓生と話ができてよかった」との声も聞かれました。

卒業間もない20代から90代まで年代もさまざま。お互いに名刺交換して「異業種交流」したり、親子どころか「祖父と孫の対話」といった光景もみられるなど、和気あいあいとした雰囲気の3時間でした。

文責: 焼石千晶 イタリア語科 1989年卒業
投稿者:斎藤秀明 ロシア語科 1979年卒業

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「小澤重男先生を偲ぶ会」開催

20171208

小澤重男先生(東京外国語大学名誉教授・日本モンゴル学会名誉会長・国際モンゴル学会名誉会長)が2017(平成29)年3月21日に90歳で亡くなられた。葬儀はご遺族のみで執り行われたため、この度、1998年に小澤先生の呼び掛けで発足したモンゴル科の同窓会組織テンゲル会のメンバ-、本学モンゴル関係教員、学外関係者など68名が出席して下記の通り「小澤重男先生を偲ぶ会」が開催された(写真参照)。
日時:2017(平成29)年11月23日(木)14時~16時30分
場所:東京外国語大学本部管理棟2階中会議室
内容:
1.司会進行 大谷達之(1963M卒)
1.開会の辞 実行委員会委員長・岡田和行本学教授(1979M卒)
1.黙祷
1.小澤重男先生を偲ぶご挨拶
田中克彦一橋大学名誉教授(言語学)(1957M卒)、
橋本勝大阪外国語大学名誉教授・国際モンゴル学会評議員
吉田順一早稲田大学名誉教授・日本モンゴル協会会長など、
小澤先生と交流のあった多数の方々が在りし日の小澤先生の思い出を語った。
1.閉会の辞 塩島俊雄(1960M卒)

なお、当日11月23日は外語祭開催期間中でもあり、11時40分~12時30分にアゴラ・
グロ-バル(プロメテウス・ホ-ル)で2年生のモンゴル語劇「石になった狩人」の上演があったため参加者の方々に観劇していただいた。
また、「偲ぶ会」終了後、研究講義棟8階815号室(モンゴル語共同研究室)に懇親の場を設け、小澤重男先生を偲んで献杯した後、1時間余りにわたって歓談した。

投稿者: 実行委員 井田秀機 モンゴル語1967年卒業

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メコン会(T,V,B,L,Ca語科同窓会)総会、講演会、懇親会の開催について(結果)

20171204

外語祭の最終日の11月26日(日)学内でメコン会の総会、講演会、懇親会を開催いたしました。

総会では平成29年中の活動結果が報告され、今後学生会員をいかにメコン会に目を向けさせるのか等熱心な討議が行われました。

講演会ではトルン(ベトナムの民族楽器)演奏の第一人者である小栗久美子さん(2002/平成14年ベトナム語科卒)による「私がトルンを弾く理由」と題した講演が行われました。

聴講した会員から「トルンの先生や知人の皆さんとの交遊、声楽家のお母さまのお話し、合間あいまに演奏されたトルンの素敵な音色と響きなど、とても感動的な講演で至福のひと時でした」との感想が寄せられました。

懇親会ではタイ語の宮田教授、ベトナム語の川口元教授が出席され会員との旧交を温めたほか、外語会の中村理事が特別参加され、会員一同楽しいひと時を過ごしました。

投稿者:メコン会会長 野崎正人 ベトナム語1971年卒業

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2017年イタリア支部総会のご報告

20171118

去る2017年11月11日(土)、久しぶりの秋晴れとなったミラノで、東外大イタリア支部総会が開かれました。昨年の好評を受け、今年もミラノ中央駅近くの老舗和食レストラン「友よし遠藤」を会場とし、総勢16名が集まりました。

今回はイタリア語科で長年教鞭をとられたマリーザ・ディ・ルッソ先生がペスカーラからお越しくださった上、ローマから4名、ボローニャ、フィレンツェ、トスカーナ州マッサからそれぞれ1名、さらにはマリーザ先生のご紹介でちょうど日本からご旅行中だった同窓の藤井さんにも参加いただき、ミラノ在住者が多勢を占めるいつもの総会とは違う、にぎやかな会になりました。また、5名の会員が初参加で、イタリアの地で同窓の輪が広がっていくことを嬉しく思いました。

参加者は、Marisa di Russo先生、大島悦子(外I 1974)、松山二郎(外 I 1975)、藤井早百合(外 I 1980)、藤沼緑(外 I 1980)、小林敏明(外 I 1984)、小林一美(外 C 1985)、今野里美(外 I 1990)、丸山圭子(外 I 1991)、林香織里(外 I 1992)、古川澄子(外 I 1994)、山﨑真理子(外 I 1994)、工藤尚美(外 I 1996)、吉村祐子(外 I 1998)、石田美緒(外 I 2001)、井口香春(外 Ur 2002)(卒業年度順、敬称略)

総会は、大島支部長の挨拶の後、代表幹事の松山氏による新会員の紹介そして乾杯へと進み、食事タイムです。16名全員が顔を合わせられるようにくっつけられたテーブルに運ばれてくるのは、煮物、天ぷら、すき焼き鍋などなど。そんな家庭的和食メニューとワイン(松山氏ご提供)を楽しみながら、それぞれの自己紹介や近況報告が行われました。いちおう定められた「一人三分」という制限時間をオーバーして話題が脱線することもたびたびで、西ヶ原の「木造校舎」の話から、便利な酵母入り製パン粉の話、新米ママさんの子育てアイデア、現在の外語生はお洒落になっている(!?)・・など、にぎやかに話の花が咲きました。また、江戸時代の最後の伊人宣教師シドッティに関する本をイタリア語に翻訳された古川さんからはその本の紹介もありました(東京で彼の遺骨が発掘されたそうです)。

残念ながら今回欠席だった会員の方々からも近況報告メールが届きました。ボローニャ大学で30年以上日本語教育に携われた竹下利明先生(外 I 1963)からは最近出版されたご自身の論文集『La lingua giapponese nell’universita’ italianaイタリアの大学における日本語』も届き、出席者にお見せすることができました。

そして、最後に今回の特別ゲストであるマリーザ先生にお話しいただきました。先生は、長い間、「天正少年使節」を立案したイエズス会宣教師アレッサンドロ・ヴァリニャーノの研究をなさっており、10年の歳月をかけて監修された本が今春出版となったのです(Alessandro Valignano / Dialogo sulla missione degli ambasciatori giapponesi alla curia romana e sulle cose osservate in Europa e durante tutto il viaggio)。イタリア主要紙でも紹介されたこの本では、日本での布教に際してお互いを理解する必要性を強く説き、対話を重視したヴァリニャーノの姿が浮き彫りにされています。「相手を知ること」、それは異文化・多民族共存が問題となっている現代に通じる姿勢であり、また自分自身を豊かにしてくれるものだと、マリーザ先生は説明してくださいました。日本とイタリア二つの国にまたがって生活している私たちにとって忘れてはならないことでしょう。

お昼の12時から始まった総会も、気がつくと散会時間の3時。名残惜しい私たちは、お子さんを迎えに行かなければならない一人を除き全員が隣の喫茶店へと移動し、もうひとときおしゃべりの時間を楽しみました。

今回の総会は初めてミラノ以外からの参加者が多数を占めたこともあり、来年は別の町で開催するというアイデアも出てきました。いずれにせよ、これからも同窓の仲間が増え、さらに楽しい会となるよう願っております。

投稿者:丸山圭子 イタリア語科 1991年卒業

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出版案内『ある言語学者の回顧録―なな踰矩ゆく―』

崎山 理 著
発行 風詠社/発売 星雲社
2017年11月9日発売
定価 本体1,300円+税
A5判 195頁
ISBN978-4-434-23732-4 C0095

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【本の紹介:「帯」から】

言語学の第一人者による留学記、講演、追悼文(田島宏、寺村秀夫、泉井久之助ほか)、対談(初代姫神、湯浅浩史、片山一道)等を収めた知的興味を喚起するエッセイ集。

【内容:「まえがき」から】

書名の副題、なな踰矩ゆくは、論語「七十而従心所欲、不踰矩(七十にして心の欲するところに従い、則を越えない)」から逆説的にとったもの。本年2月、心のおもむくままに、しかし力を振り絞って、従来の日本語系統論を批判しつつ、新たな日本語形成論を上梓することができた。従来の研究方法、言語の混合と意味の分析に新風を吹き込んだという点では、十分に則を越えたと自負している。この書において、私は日本語形成における原点に立ち返り、日本語史の深淵を覗き見たような気すらしている。それは、はるかかなたにあって現代に微光しか届かなくなった現代日本語の揺籃期の姿が、私の形成論によってほぼ明らかにされたと言ってもよい。本書『日本語「形成」論―日本語史における系統と混合―』三省堂(2017)は、東京外語会HP会員頼り(2017年1月16日)で紹介させていただいた。

私は、「言語学」の殻に籠城し保身するような、狭く限られた言語学を潔しとしない。すなわち、言語のない人間文化はあり得ないと同様に、文化から切り離した言語も考えられない。その学問的影響は、長く勤務した国立民族学博物館における豊かな内的・外的環境から得られたことも大きいが、言語は文化の一要素としてしか考えられないというのが、私の学生時代から一貫して堅持してきたスタンスである。本書の内容は、私の来し方すべてを物語るものではさらさらないが、里程標にはなっているようだ。

【「目次」から】

留学・調査記
1 インドネシアに学んで
2 モロタイ島は遠かった―薄れゆく戦争の記憶
3 パプアニューギニア現地たより
4 ニューギニアの楽器とその音楽
5 絶滅したマレー語―南アフリカ共和国
6 日本語もうひとつの歩み
7 関西の人

報告・エッセイ・講演
8 言語学からの報告
9 マダガスカル語系統研究その後
10 消滅の危機に瀕した言語研究のこと
11 日本語のルーツの一つとしての南島語族
12 「中西コレクション」その後
13 退官講演 遥かなるオーストロネジアン
14 退官メッセージ―彦根、来しかた行くすえ

追悼文・伝記
対談
あとがき―ブンガワンソロ

諷詠社HP書籍紹介 新刊:ある言語学者の回顧録―なな踰矩ゆく

投稿者:崎山 理 フランス語 1962年卒業

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「日新寮碑建立1周年のつどい」を開催しました

20171112-5

日新寮(正式名称は「東京外国語大学日新学寮」)と聞いてもご存知でない方も多いと思いますが、かつて本学に在りし学生寮のことです。
東京都中野区上高田の地に1924年(大正13年)(関東大震災の翌年)に開寮し、1979年(昭和54年)に閉寮するまで56年間に亘り存続しました。
数年前、「寮の跡地に記念碑を建てよう!」という声がわきおこり、元寮生有志の尽力と、大学当局と中野区のご理解を得て、昨年(2016年)10月に完成しました。除幕式には伊東光晴先生(経済学者・元本学教授・元寮監)、立石学長初め大学関係者、地元の町内会長、元寮生などがつどい、盛大な式典が催されました。
あれから1年—。
今年の10月20日(金)、日新寮の跡地に建てられた記念碑の前で、元寮生ら約30名が参集し、「日新寮碑建立1周年のつどい」を開催しました。
参加者たちは記念碑の前で往時を偲び、今は中野区の公園になっている寮の跡地周辺を散策したりして、感慨深いひとときを過ごしました。
赤御影石の碑には次の銘が刻まれています。

「此地に於て全国から集った若者達が、寝食を共にし、切磋琢磨して青春を謳歌し、豊かな国際性を身につけた有為の人材たるべく巣立って行った。
日新学寮は寮生自らが管理運営する自治寮で、地域社会とも友好関係を保ち、全寮連の事務局を引受けた時期もあった。これらの事を記念し、母校と卒寮生並びに地域との絆を末永く伝えるため、此処に碑を建てる。」

記念碑の前でのつどいの後、かつての通学路を三々五々歩いて、中野サンプラザに移動、懇親会を開催しました。
懇親会では歓談尽きることなく大いに盛り上がり、予定時間を超えてようやく散会となりました。

投稿者 髙橋 潔 元寮生・ドイツ科1969年卒

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東京外国語大学混声合唱団コール・ソレイユ 第43回定期演奏会

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コール・ソレイユでは、12月17日に府中の森芸術劇場ウィーンホールにて定期演奏会を行います。
今回は、ロシア語(教会スラブ語)の曲やラテン語の曲も演奏いたします。
ぜひ、お誘い合わせの上、御来場くださいませ。

チケットは下のGoogle formよりご購入頂けます。
https://goo.gl/forms/aDfDiHFkGvrJWXYU2

また、先着順とはなりますが、外語会プラザにて無料チケットを配布いたしますので、外大にお越しの際にお立ち寄りください(先着10名様の予定)。

以下演奏会の詳細です。

東京外国語大学混声合唱団コール・ソレイユ
第43回定期演奏会
12月17日(日)  17:15開場/18:00開演
府中の森芸術劇場ウィーンホール

入場料:当日1000円/前売800円
(高校生以下無料)
※未就学児の入場は御遠慮ください

【曲目】
1st stage
ロシア正教聖歌集
1.Свете тихий(穏やかなる光)
2.Благослови, душе моя, Господа
(我が魂よ、主をたたえよ)
3.Свете тихий(穏やかなる光)

2nd stage
アラカルトステージ 太陽に寄せて
1.旅の歌
2.うたを うたうとき
3.幼年
4.あお
曲:木下牧子

3rd stage
Antognini合唱作品集
1.O Filii et Filiae
(おお息子ら娘らよ)
2.Beati Omnes
(祝福されたすべての人々)
3.Remember(覚えていて)
4.O Magnum Mysterium
(おお、大いなる神秘)
曲Ivo Antognini

4th stage
混声合唱とピアノのための「ここに海があって」
1.向かい風は潮の匂い
2.りんご
3.ここに海があって
詩:覚和歌子 曲:横山潤子

詳細はこちらから↓
https://choeursoleil.wixsite.com/soleil/teien

お問合せ: ちらしの末尾に掲載してあります。クリックして拡大して、ご確認ください。
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わくわく人生75歳からの語学留学―――新たなる挑戦、ウクライナ語

20171112-1

20171112-2

最近配信されたメルマガ(外語会126号)によると、2017年9月14日、東京外国語大学はウクライナで最も歴史のあるイヴァン・フランコ記念リヴィウ大学(以下リヴィウ大学と称す)にGlobal Japan Office (GLO) を設置し、その開所式が行われたという。本開所式は日本とウクライナの国交樹立25周年記念事業の一環として、日本国大使館の認定のもとに実施された。仄聞するに、ここまでに漕ぎ着けるには、東京外国語大学名誉教授中澤英彦氏とリヴィウ大学の日本語講座主任のオレスタ・ザブランナ准教授両氏の地道なご努力が礎となったという。
私はこの夏3週間にわたってリヴィウ大学の夏季語学・歴史・文化講座(初めて開講したのは1996年)に参加した。私を除けば、参加者の殆どが学生で、若干社会人も休暇をとって参加した者もいる。シニアにとっては短期留学とはいえ、海外での留学生活は何かと不便さを伴い、実のところ体力が続くだろうかという一抹の不安も脳裏をよぎったが、妻とウクライナのリヴィウに住む、現在リヴィウ大学の博士課程在籍中のOleh Voitkiv 君が、逡巡している小生の背中をポーンと押してくれたおかげである。今回のSummer schoolでも彼はCoordinatorの有力なメンバーの一人として、School director のLesya Antoniv さんを陰に陽に支えてきた。彼のきめ細やかな配慮がなければ、果たして3週間無事に過ごせたかどうかわからない。
個人的なことになるが、Oleh 君とは2011年ポーランドのシロンスク大学の夏季語学・文化・歴史講座で知り合い、それ以来ポーランド語でメールのやりとりをしてきた。彼は昨年3月中旬に来日し、8日ほど拙宅にホームステイして行った。ウクライナ人が訪日するにはヴィザが必要とのことで、彼の身元保証人になり、こちらから私の居住・収入証明書などを送付しなければならなかった。日本人がウクライナに観光旅行や短期の語学研修などには特別なヴィザは不要で、どういう訳か国家間の外交関係が互恵でないことをその時初めて知った。

(続きます。全文はこちらから)

投稿者: 小沼 利英 ロシア語 1968年卒業

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