外語大と英語への思い-回想2022年

この度、外語会「会員便り」に寄稿ができる機会がありましたので、80歳に近づく高齢ながら、今なお現役で頑張っている私の今日までを紹介できる機会と思い、挑戦することにしました。
私は外語大を出た昭和42年(1967年)から、55年が経ちました。その間、私が好きな英語を通して、世界のほんの一隅で仕事や旅ができたことに対して、良かったと思っております。
今も私は、外国人旅行者を受け入れるインバウウンド事業を行っており、世界とつながっていることを楽しんでおります。
幸いにも、今日まで健康に恵まれ、体を動かしながら世界から来る外国人旅行者に会えることに生きがいを感じており、また元気ももらっている次第です。

初めに、米国等海外では年々の同窓会には、世界から卒業生が集まり一日を楽しみ、中には自分の財産を大学に寄付する習慣があることを聞いており、それに比べて、自分は社会に出てから外語大にどんな恩返しをしたかを思うと恥かしい限りです。残された人生で元気な限り、最後まで恩返しを続けてゆきたいと感じております。

私はこれまで英語との出会いは私が12歳の中学時代からで、学校での英語と夜には米軍向け英語ニュースFENを聞き始めた時から始まりました。今日まで、65年間もの間、日々の生活で英語が使えるのを楽しんできております。
日々動いているせいか私は、いままで病床に付したことがなく、この年齢になっても社会の中で揉まれながら元気でいることにありがたさを感じる日々です。
外語大を出て社会人になり、英語のお陰で米国に留学と仕事で合計12年住むことができ、その後ロンドンで仕事に就くことができました。この14年余の間に、毎シーズンに欧米大陸を車で家族旅行ができたことは、かけがえのない思い出となりました。ただ、振り返ればよい思い出ばかりではなく、悪い思い出も味わう事があり、苦楽に満ちた年月であったと懐かしく思い出しております。
その後自分の仕事を持ち、今日まで15年ほどインバウンド事業を、続けてきています。
しかしながらこの2年間はインバウンド業の死滅の時期であり、それがようやく終わりに近づき、まもなくコロナ禍の2年余りの地獄から、いよいよ復活に向け立ち上がる時期へと動き出している様子が目前にきております。すると、また忙しい毎日が戻り、世界から30名、50名、真夏には100名もの旅行者が世界の6大陸から、我が宿に来るのが見える今日この頃です。
私は、世界から来訪してくれる旅行者とはよく話し、多人数の時はカレーライスパーテイを行ったりして、2時間ほどの司会で皆を楽しませるすべを持っております。これは、外国人がお相手で、英語でできるからで、日本語では到底できません。外語大のお陰と言えるでしょう!
パーテイーのクライマックスは、私の生死の分かれ目となった2度の“奇跡的”な体験を話します。すると皆が聞き入ってくれるので、話し甲斐があります。
その奇跡の一つは、東京大空襲での私と言うより家族の体験です。もう一つは世界貿易
センタービルの空爆と2つのタワー崩壊にかかわる大事件からの奇跡です。
これ等の2つの奇跡的な出来事から逃れた私が、今日まで元気にいられるのは、まさに
奇跡的幸運のひと言に尽きると思います。
私の両親は、盆踊りで有名な郡上八幡【ぐじょうはちまん】の生まれでしたが当時日本全体、とりわけ田舎では食べてゆけない状態でしたので、太平洋戦争開戦の数年前に浅草に単身で移り商売を始めました。そして、終戦の年の3月の東京大空襲の4カ月前まで浅草で廉売【今で言うスーパー】事業を順調に行っていました。
所が、昭和44年、私が満一歳の誕生日の11月のある日に米軍が予行練習として数機で浅草上空での空爆を行いパラパラと焼夷(ショウイ)弾を落としたのです。その爆弾に、不幸にも我が家が当たり全焼してしまいました。
父親はこの初めての空爆の更に6か月前に米軍機が落とした空爆の警告用ビラが空から降ってくるのを拾いあげ、隠して持ち帰り家で読んだら空爆の予告でした。それを見て、父親は子供の時に故郷の郡上八幡(岐阜県高山の隣町)での大火により町全体が全焼したことのおそらしさがよみがえってきました。
この過去の恐怖から、浅草は焼けるとのとっさの恐れがよみがえり、すぐ疎開を決意して、郊外の松戸に土地と古い家を買い、6か月後にやっとでき上がりました。そして明日は私の満一歳になる日で松戸へ引っ越すため荷物等すべてを梱包してあったところ、その前夜の夜に、 浅草地区全体が真っ赤になって焼けている様を父親が松戸で見ました。不運にも、私の家が数機の予行空爆に当たり焼夷弾により全焼したのです。母はこの時、“なぜ我が家だけが焼けなければならないのか!”と泣き叫び長く病床に付したとのことです。
この時、父はやっと古民家の建て替えが終わった状態で松戸におり、浅草での消火ができなかったため、完全にまる焼けとなってしまい、私たち子ども6人は着の身着のままとなり松戸に向かいました。
11月21日にこの家がまる焼けになったその翌日が、私の満一歳の誕生日でした。
尚、奇跡はこの後です。翌年終戦の年3月に入り、浅草は300機もの大空襲により、町は全滅し、隅田川に飛び込んだ人も全員“1晩で10万人以上”がなくなりました。その時の火の勢いは、今のウクライナよりひどかったと思います。
私と家族は、松戸に移り住んでいたためお陰で、奇跡的に生き残りました。
あと4カ月遅れていたら、私はこの世には、いなかったと過去を思い出します。

実はもう一つの奇跡的な出来事がありました。私はニューヨークの世界貿易センタービル108階の最上階のオフィスで、インベストメントバンキングの業務を数年間しておりました。
この世界一高いタワーは、イスラム人パイロットに乗っ取られた民間飛行機が88階に突入し燃え上がり、遂に崩壊しました。これが9.11事件の日です。88階以上にいた多くの方が犠牲となられた痛ましい事件です。私は、この事件の7年前に事業の為に日本に帰国しました。この7年の差は私にとり、運命的なものとなりました。
この2つの奇跡的な出来事は、私が忘れようのない今日までの人生最大の危機です。
結びとして、私は、アメリカで10数年間住んでおりましたが、1年ほどトランプタワーで自分の通信事業を始める機会がありました。ある日不動産王と言われていたトランプさんのあたらしいタワー新築の祝賀会に出る機会があり、その時トランプ氏がシャンペーングラスを持って、私のワイフと乾杯しようとする際、着物姿のワイフに“ Oh!Pretty !” と言われたことを【ワイフは】今も忘れられません。
またイギリスロンドンでは、OXFORD大学に留学中の皇太子さまに逢える機会があり、これもWifeが着物姿で出かけたところ、ワイフだけが握手することができました。
皇太子さまは当時独身の身であり、出来るだけ多くの女性とは笑顔で握手をしていました。
でも緊張のせいか、Wifeがどんな言葉を頂いたかは覚えておりません。
これらの2つの出会いの思い出は、(トランプ氏のその後の評判は別として)、今もわすれることなく、2つの奇跡と共に、あの世まで持って行きます。

次回にお会いする日は、5年後、10年後か、現役が続いているか分かりませんが、自分の人生の終わりが何歳になるか、あと何年が残された日々なのかを予想しながら、最後まで元気で働き続け、本当の最後の際にはもう一度、さよならを言いに参ります。
今世界から、“日本は、世界の中で、最も良い国、石版行きたい国との評価や実績があります。これ等の”言葉が身近に聞こえるのは、日本人として本当にうれしく誇りに思います。
外語大生は、世界で羽ばたき、世界で活躍する機会に恵まれており、大いに期待しております。
なお、外語大生の国際的および国内での活動・活躍などのニュースは芸能面も含めて、とりわけ聞き入っており、今後も期待をしながら、日々を元気でいきて行きます。
また、私ができることは、お手伝いいたします。
いま、ウクライナ人へのお部屋の無料オファーや、わづかな献金などもしています。
外語大関係の外国人を含む方々への必要なHelpができますので、声をかけてください。

川上俊夫 東京ゲストハウス2020 【荒川区】 経営者 E1967
Tel: 090-8175-9457  Email: usfp@nifty.com

投稿者: 川上 俊夫 英米語 1967年卒業

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外大9条の会 3年ぶりに年次総会

6月4日午後、外大9条の会は3年ぶりの年次総会・記念講演を外大のプロメテウス・ホールで開催しました。当初、会場を大教室で申請することにしておりましたが、大学側の都合で上記ホールになった次第です。

講演は上智大学の中野晃一教授にお願いしました。中野教授による記念講演は2020年に行われる予定でしたが、この年の春から急速に拡大したコロナ感染により年次総会そのものの中止を余儀なくされました。そんなことで昨年あらためて同教授の記念講演を予定しましたが、この時はデルタ株の蔓延、そして感染を避けたいという中野教授からの申し出もあり、一昨年同様、年次総会ともども中止しました。今年はぎりぎりのタイミングで年次総会開催を決めましたが、記念講演の講師をどうするかで事務局内で論議した結果、過去2回同様中野教授にお願いすることにし、同教授もこれを快諾していただいたので、“3度目の正直”で同教授による講演が実現した次第です。

コロナ禍ということもあり、参加者数は決して多くはありませんでしたが、みな危機感を持って同教授の講演に傾聴しておりました。会員の一人はお嬢さんと親子連れで参加していました。今までですと、講演終了後は簡単な懇親会を持つのですが、コロナの感染状況を受けて今回の年次総会はこれで終了。やや寂しい幕切れとなりましたが、来年こそは懇親会も盛大に行えることを期待したいと思います。

投稿者:鈴木 俊明 スペイン語 1972年卒業

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ワシントン支部長に智片さん、リサイタル会合を開催へ

ワシントン支部の新支部長に智片(井澤)久美子さん(中国語1982年卒)が支部メンバーの賛成多数で選ばれ、就任した。智片さんはピアノの名手で、今年8月下旬に開催予定の支部会合でも腕前を発揮してくださる見通しだ。支部長就任のお祝いと事前視察を兼ねて、智片さんが仲間の土倉えり子さんと定期的に開催しているコンサートにうかがった。
新型コロナウイルス流行後、智片さんと土倉さんはオンラインを使ったビデオチャットサービス「Zoom(ズーム)」でのコンサートを開催。私がお邪魔した5月22日は米国首都ワシントン近郊の智片さん宅でZoomを併用したハイブリッド方式で開催され、会場で私と妻を含めた計4人、オンラインで17人の計21人が参加した。この日は11回目のZoomコンサートとなり、新型コロナ禍でも積極的な音楽活動で視聴者を元気づけてきた智片さんと土倉さんの温かいお人柄と前向きな姿勢が伝わってくる。
幕開けは、智片さんのピアノソロでバッハ平均律とショパンのエチュード13番、バラード第3番を披露。その後、土倉さんの美しいソプラノに伴奏、フランスの俳優エマニュエル・ベアールさんの父親で歌手の故ギー・ベアール氏のシャンソン「ロー・ビーブ(L’eau Vive、河は呼んでいる)」、「林檎(りんご)の花が降りそそぐ」などの曲を届け、聴衆の大きな拍手を浴びた。
演奏会冒頭、智片さんから「ショパンのバラードは今回のために練習するまで久しく演奏していなかった」と聞いて目を丸くした。続けて「でも指が覚えていて、ピアノの前に座って稽古したらそこそこ弾けたんですよ」と打ち明けられて再び驚かされた。
就任後初の支部会合は、智片さん宅とZoomの併用で開催し、コンサートを満喫させていただいた後、参加者同士が懇談するという構成を検討している。
智片さんからは「約20年前、家族で北京からワシントンに移ってきて、支部に加わった当初私が一番若手だった。それが今や最年長ぐらいの年次になってしまい、光陰矢のごとしと実感している。若手支部会員の手を借りながら、末永く支部運営を続けていきたい」と心強いメッセージをうかがうことができた。
ワシントン支部では東京外国語大学または大阪外国語大学の出身者か教職員で、ワシントン首都圏在住だけではなく、米国のどの地域からでも、あるいは米国外のどの国からでも支部会合にご参加くださる方を歓迎します。連絡いただいた皆様には、会合開催の約1カ月前にご案内をお送りします。
お問い合わせは智片支部長のメールアドレス、kumikoic@outlook.comまで。

写真説明(左から)

  • コンサートでピアノを演奏する智片さん(左)と、美声を披露する土倉さん=いずれも5月22日、智片さん宅で
  • コンサート後にズーム参加者にあいさつする智片さん(左)と土倉さん
  • 智片さん宅に集まったメンバー

投稿者:大塚圭一郎 フランス語1997年卒業
(東京外語会広報委員<元理事>、ワシントン支部所属、
共同通信社ワシントン支局次長)

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(会員よりご感想をいただきました。)

ブラジルで最も権威ある文学賞ジャブチ賞受賞作の初邦訳

これは私が翻訳、今年2月に文芸社より上梓した「大使閣下」の帯の文言です。作者エリコ・ヴェリッシモは、20世紀ブラジル文学界を代表する世界的文豪でその作品は、国境を越え世界中で愛読されていますが、本書出版の編集者ですら彼の名前は初耳とのことで、日本ではほとんど知られていません。

サマーセット・モームの様なストーリーテラーの彼の作品は、読者を惹きつけ、文学、美術、音楽、哲学、歴史、政治と多岐に亘る彼の博識は、その作品に幅と深みを加え、更に作品の底流には常にヒューマンな眼差しがあります。本書が、日本の読者に彼の作品の面白さ、迫力、魅力を伝える一助になれば幸いです。

またエリコ・ヴェリッシモの魅力的作品群は、短編小説、長編小説、児童文学、紀行文、エッセイと多義にわたり将に宝の山ですが、そのほとんどは日本に紹介されておらず、本書を機に更なる作品の翻訳に挑戦される方が現れればと願っています。

東京外国語大学付属図書館に寄贈させて頂きました。

書名:大使閣下
著者:エリコ・ヴェリッシモ
訳者:澤木忠男
出版社:文芸社
定価:本体2,100円+税

投稿者:澤木 忠男 ポルトガル語 1963年卒業

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2022年 仏友会総会・講演会

4月24日(日)、第26回仏友会総会・講演会が大手町サンケイプラザで開催されました。昨年春の仏友会総会はオンライン中心に実施(会場には幹事と会員有志のみ集合)しましたが、コロナ禍の勢いが少し収まりつつあった今年の春先に会員向けアンケート調査を行ったところ、会場直接参加希望者のほうがオンライン希望者よりも多くなりました。このため今回は、比重をより会場参加型にシフトしたハイブリッド方式で開催。結果的には、会場参加者が25名、オンライン参加者21名という割合でした。

鈴木洋美幹事(1991)の司会で、はじめに金澤会長代行(1968)の挨拶と会務報告があり、次いで三浦省三幹事(1977)による会計報告、さらにリモートで富田和義幹事(1968)による監査報告が行われ、承認の決議が採択されました。また、2022年度の幹事体制について金澤会長代行より報告があり、幹事全員の再任が承認されました。

総会の部はここで終了し、和賀副会長(1970)による講師紹介の後、ジャーナリストの高田信二氏(1980)がスピーカーとなりました。同氏は時事通信社に42年間勤められ、現在は同社のシニア嘱託として活躍を続けておられます。今回の演題は、「仕方なく始まった僕のジャーナリスト生活―通信社記者42年―」。プロフィルの自己紹介から始まって、運動部、文化部の各記者時代のエピソードや、レコード大賞審査員時代のご経験、ジャーナリズムの世界の裏事情など、一般にはなかなか聞けないお話も含めて披露されました。講演の後、Q&Aタイムも用意していましたが、話題が豊富で時間が足りず、参加者からは「もっと聞きたい」という声がしきりでした。

その後、懇親会に入る前に、会場参加者の集合写真と、Zoom参加者の画面ショットによる集合写真を撮りました。和賀副会長の司会による懇親会では、冒頭、この日の参加者の中で最長老の渡辺昌俊氏(1957)が乾杯の音頭を取られました。今回初参加の会員の紹介、及び昨年秋のフランス語劇「ボヴァリー夫人」を演じた学生代表2人の挨拶もあり、ボルドーワインのグラスを手に、談論の輪が広がりました。オンラインで視聴する参加者と会場参加者の間で、近況を伝えあってZoom画面越しの再会を楽しむという趣向も試してみましたが、なかなかハイブリッド方式で万遍なく目配りするのが難しく、いくつか課題も残りました。

今回の懇親会は、会場の大手町サンケイプラザのコロナ対策に協力する必要もあり、少量のチーズ、おつまみ、ワイン程度に留めました。それでも、対面で食べて飲んで話してという生の触れ合いの機会に皆さん餓えていたのでしょう。わずか40分ばかりの懇親会でも大好評でした。終了後のアンケート結果では、「やっぱり対面でやらなければ同窓会じゃない!」という声が多く聞かれました。次回の秋のサロン仏友会では、今度こそ100%対面、マスクなしで実施できるようになることを祈りつつ、散会しました。

投稿者: 中村 日出男  フランス語 1974年卒業
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東京外語会広州支部 近況

集合写真1(左から)
田中琳太郎(C2015)/李宇霞(DP2018)/有賀諒(C2009)/保田俊朗(D1983)/菊池吉純(C1988)/中村理恵(C1994)/浅野宙(C2009)/ 坂東佳那子(R2010)
集合写真2
(上左から)高島浩(C2012)/ 田中琳太郎(C2015)/中瀬陽介(E2006)/ 坂東佳那子(R2010)
(下左から)保田俊朗(D1983)/ 泉水誠(A1983)/ 菊池吉純(C1988)/有賀諒(C2009)/ 中村理恵(C1994)

2021年3月に正式に55番目の支部として登録された広州支部。登録後1年2か月がたちました。おいしいグルメとお酒を味わうという会のテーマのもと、コロナの再発や厳格管理政策の合間を縫って、すでに7回の集まりを実施しました。もちろん、コロナで封鎖中や自主隔離中のメンバーが参加できないということも度々でした。

広東海鮮レストランで発足後第一回目の会を行った広州支部ですが、その後 食事会の幹事をつとめている坂東佳那子(R2010)さんのナイスセレクトで、四川料理、ベトナム料理、精進料理などのお店で実施しました。中にはお手頃値段のミシュランレストランも!毎回保田俊朗(D1983)さんや、菊池吉純(C1988)さん持参のワインと合わせ、コロナ対策の話題から学生時代や社会人人生の話など、いろんな話で盛り上がりました。

現在会員は14名。うち2名が5月に帰国予定で、今後は12名に。
さて、中国のゼロコロナ政策ですが、いろんな定義が施されてのゼロコロナ。最近広州支部でのホットワードは「ダイナミックゼロコロナ」。中国語「動態清零(直訳:動態ゼロ)」をJETRO社が訳した言葉。感染者がでた場所や、濃厚接触者のいる場所だけを封鎖したり管理したりする政策で、それ以外のエリアで感染者がでていなければ「社会面清零(直訳:社会面ゼロ)」と呼ばれ、封鎖エリア以外では行動制限なしです。私たちは、この「社会面清零」のおかげで、食事会ができてきたわけですが、レストランでは人数制限や個室での食事を求められました。

早く、コロナを気にせず自由に集まれるようになることを願いつつ、引き続き広州支部の活動を続けていきたいと思います。

投稿者:中村理恵  中国語 1994年卒業

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ウクライナ支援from九州

福岡支部の試みではありませんが、九州で進むウクライナ支援の現状を共有します(2022年4月17日現在)。

ウクライナから避難してきた留学生64人が、4月12日、福岡県太宰府市の日本経済大で入学式に臨みました。同大はキーウ国立言語大で日本語を学ぶ計73人を受入れ予定。学生寮を提供し、学費は無料。1年間、経営学科に在籍し、日本語と経営学を学ぶ予定です。

また、佐賀県は全国に先駆け、NPO法人など民間と一体で策定した支援プログラムによる受入れを開始しました。4月15日、1組目となる女性2人がウクライナから佐賀空港に到着しました。

現在、支部全体として直接、ウクライナ支援に関わる動きはありません。ですが今後、各会員皆さんの活動等ご報告できる部分がありましたら随時、共有させて頂きます。

投稿者:安部 有樹 中国語 2002年卒業

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台湾支部便り

台湾では、最近感染者が無い日もあり、感染者数が1桁や2桁の日もありますが、幸いにも普通の生活を過ごしています。
台湾支部は去年2021年12月11日(土)に3年ぶりのOBOG懇親食事会を順調に開催することができました。その日に参加できなかった李明斌(J56)さんから、次回の懇親会に皆さんをご馳走するとの約束がありました。
今年の旧正月に李さんと挨拶のメッセージを交わした時に、次回の懇親会について話しが持ち上げられ、3月4日(金)18:00~に、今年第一回目のOBOG懇親食事会として、李さん主催で行うことを決めました。
場所はなんと李さんが圓山グランドホテルの会員クラブです。李さんがメンバー専用のレストランを予約しました。参加者には新しいメンバー3名(日本人)が加わり、合計大人13名と子供1名で、14名が参加し、和気あいあいの食事会となりました。
まず、支部長からの挨拶から始まり、食事をしながら銘々に自己紹介を行いました。その中で、李さんによるショートスピーチがあり、心の底から発した言葉でした。その内容については下記の通りです。
食事会が終わりに近づき、お互いに名刺交換をしながら、3時間余りの時間があったという間に過ぎまして、また良い思い出を作ることができました。そして、また9月に再会しようと約束しました。

右下から李明斌(J-56) 、今出淳一(Indonesia-1977)、楊麗珮(J-57)、王士賢(J-59)、王孟芸(GJ-平成9)、謝佳玲(GJ-1998) 右上から呉意雯(GJ-平成7)、小栗山智(C-1995)、余昭瑢(J-H1)、蔡元明(J-平成6)、山中肇(K-2003)、永吉美幸(C-平成7)、永吉さんのお子さん(11歳)、林雪貞(GL-平成10)

李明斌(J-56)のスピーチ内容は下記の通りです。
「私はJ-56卒の李明斌です。本日お忙しい中、皆様にお集りいただき、ありがとうございます。
台湾支部は既に80名以上の大きな組織に成りました。これもひとえに楊支部長をはじめ、皆様の多大なご努力とご尽力のお蔭だと感謝致して居ります。
そこで今日は東京外語会へのご寄付について、お話しをさせていただきたいと思います。
さて、皆様も外語大を卒業して以来、現在まで「東京外語大卒」という学位を取得した優位性が、如何に自分の生涯に良い影響を与えているか、深く感じていらっしゃるはずです。
私もその一人です。台湾支部から母校に対する感謝の意を表さずにいることは申し訳ないと思い、私は数年前から微力ながらも何度か寄付してまいりました。
台湾支部から母校への寄付活動を更に展開して行くことを願っています。その第一歩は、毎回の集会に会費を少し上乗せしていただき、積立金として蓄積し、まとまった金額に成った時に一括で母校にご寄付出来れば幸いと存じます。
以上ですが、今後も会員の皆様方のご支援・ご協力を頂きながら、母校と台湾支部のために、共に努力をしていきたいと思っています。
何卒宜しくお願い申し上げます。」
――――――――――――――――――――――――――――――――――

李さんのスピーチに対しては、皆さんから良い反響がありました。
台湾支部としては、これからより母校に対して、実質な貢献ができるよう心がけています。

台湾支部長
楊麗珮
2022.3.24
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新刊紹介『難民に希望の光を 真の国際人緒方貞子の生き方』

緒方貞子第8代国連難民高等弁務官について、同時期にUNHCR職員として勤務し、その後のお付き合いを通じて直接学んだことを記録に残すために、本にまとめました。
平凡社から2月に刊行され、東外大学図書館に寄贈させていただきました。
中学・高校・大学等の図書館の蔵書に加えていただければ幸いです。

投稿者:中村恵 フランス語 1983年卒業

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夏頃下記の研究書を出します。11か12冊めの本ですが、経営書はこれで最後。

夏頃下記の研究書を出します。11か12冊めの本ですが、経営書はこれで最後。

Kase, Kimio, Eugene Choi, and Ikujiro Nonaka. Dr Kazuo Inamori’s Management Praxis and Philosophy: A Response to the Profit-Maximisation Paradigm. The Nonaka Series on Knowledge and Innovation. London: Palgrave Mcmillan, Forthcoming.

 

投稿者:加瀬 公夫 スペイン語 1972年卒業

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コロナ禍にカフカの小篇を読む

フランツ・カフカはスペイン風邪の第二波に罹患して、生死の境をさまよったそうです。昨年の春、コロナ禍で悶々としていたとき、「カフカだったら、今の社会をどう見るだろうか」と思いつき、独和辞典を片手にカフカの小篇を読み進めてみました。掌篇、断章、小品、小片ともいうべきほど短い作品群は案の定、解釈が難しく、立ち往生することが何度もありました。

ドイツ語学科に在籍していたにもかかわらず、まともにカフカを原文で読んだことがありませんでした。「カフカは難解だ」という先入観がありましたが、小篇を一つひとつ読んでみて、遅まきながら「カフカは面白い!」ということに気づきました。

定年退職後、45年ぶりにドイツ語の学習を再開したズブの素人のカフカ論、いや、カフカの小篇についてのエッセイ集。

書名:『ことばへの気づきーカフカの小篇を読む』
著者:松原 好次
出版社:春風社
出版日:2021年10月14日
定価:2700円+税
ISBN:978-4-86110-754-2

投稿者:松原 好次 ドイツ語 1972年卒業

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東京外語会 台湾支部便り

時間:12月11日(土) 18:00~21:30
場所:The RIVIERA Hotel (歐華酒店)  台北市中山區林森北路646號

台湾支部では先日台北市内のホテルにて、約3年ぶりの懇親晩餐会を催しました。その2日前の夜に、台湾国内の新型コロナ新規感染例が約1か月ぶりに発覚し、懇親会実施の雲行きが怪しくなりかけたものの、支部長並びに幹部の皆さんのご尽力により、何とか無事開催にこぎつけることができました。なお、今回は佐々木宏さん(C1996)が12月末に日本へ帰任するということで、送別会も兼ねた会合となりました。さらに佐々木さんの友人で、2か月ほど前に台湾へ引っ越してきた山中肇さん(K2003)も台湾支部の新しいメンバーとして今回の集まりに参加してくれました。
支部長による挨拶と乾杯から始まり、続いて幹部の交代(副支部長、幹事、副幹事)についての発表、並びに東京外語会と本支部についての活動紹介が行われました。その後出席者一人一人から自己紹介と近況報告をしていく中で、佐々木さんからは送別に際し、台湾駐在を振り返っての雑感について話がありました。言葉の節々から台湾に対する情熱が感じられ、一同名残り惜しさを感じるとともに、是非また台湾に戻ってきてほしいとの思いを強くしました。
美味しいお酒と食事に舌鼓を打ちながらの歓談を経て、今度は博学多才の楊全斌さん(C1981)による雑学講義が行われました。1976年の語劇「堯舜湯麵のBALLADE」のエピソード、萬山部落原住民の黒米祭の話、「台湾のサハラ砂漠」こと頂頭額沙洲の謎、及び並外れた経歴(なぜか中国語科卒で現役歯科医かつ法医学者としても実績あり)に一同感嘆し、大変参考になる話が聴けたので、今後の会合でもこの雑学講義をシリーズ化することがほぼ確定しました。
3時間半があっという間に過ぎ、会の最後にはクリスマスということで簡単なギフト交換も行い、次回の再会を約束して解散となりました。コロナ禍の影響もあり、これまでなかなか会合が開けませんでしたが、幸い今のところ台湾国内の感染状況は相対的に落ち着いており、基本的な感染防止対策が義務化されていることを除き、ほぼ通常の生活が送れております。そこで、今後も定期的な会合を設けるなどして、台湾支部のネットワーク強化及び活性化を図り、在籍者の皆さん及び今後新たに仲間に加わっていただける方々にとって魅力ある会にしていけるよう全員で盛り上げていきたいと思っております。引き続き東京外語会の皆様方からのご協力とご支援を宜しくお願い申し上げます。今台湾に在住の方、今後台湾へ赴任ないし移住予定の方など、ご興味があれば是非とも本支部へご連絡ください。

写真左から(敬称略)
【前列】
林雪貞(院1998)、名切千絵(F2008)、楊麗珮(J1982)、王孟芸(院1997)、吳意雯(院1995)、謝佳玲(院1998)
【後列】
謝億榮(J1999)、佐々木宏(C1996)、山中肇(K2003)、楊全斌(C1981)、大前誠(C2006)

投稿者:  大前 誠 中国語  2006年卒業

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2021年 サロン仏友会(オンライン講演会)

11月21日(日)、サロン仏友会(オンライン講演会)が開催されました。本来であれば、本郷サテライトに集まって、フランス語科卒業生による講演の後、ボジョレ・ヌヴォのグラスを手に取り、懇親会を行うのが恒例のスタイルですが、コロナ禍の中、昨年は開催を断念。本年は、安全を考慮してZoomによるオンライン講演会のみの形式で実施しました。中継基地は、仏友会会員の事務所をお借りしました。

はじめに金澤会長代行(1968)の挨拶があり、次いで和賀副会長(1970)による講師紹介の後、音楽プロデューサーの木崎賢治氏(1969)がスピーカーとなりました。演題は、「好きから始まった僕のプロデュースライフ」。氏は、外語大フランス語科卒としては大変珍しいキャリアの持ち主で、卒業後、(株)渡辺音楽出版で沢田研二、アグネス・チャン、吉川晃司等の楽曲の制作を手掛け、その後独立して音楽出版社の(株)ブリッジを設立。槇原敬之、福山雅治、BUMP OF CHICKEN等数多くのアーチストとヒット曲を次々と生み出しました。氏の著書『プロデュースの基本』は、業界の枠を超えて多くの読者を惹きつけています。

この日も、たくさんの木崎語録が披露されました。たとえば、「世の中に全く新しいものというのは、ない」「世の中にないものを作った人はいない」「新しいものは新しい組合せから作られる」。その例として、鉛筆と消しゴムの組合せが歴史的なヒット商品になったことや、大谷翔平選手の二刀流が挙げられました。また、「胸がキュンと感じたことからヒットの法則を見つける」のがヒットを飛ばすコツだそうです。

約70分間の講演の後、質問タイムでも、Zoom画面の向こうから活発な質問が寄せられました。その後、30人ぐらいの視聴者を、卒業年度順に3つの「ブレークアウトルーム(分室)」に分けて、お互いの顔がスクリーン越しに見える形でおしゃべりタイムを用意しました。初めての試みのため、幹事一同は事前に何度も打合せを行ってきました。多少のハプニングはありましたが、参加後のアンケート結果では大好評を博すことができました。

来年のサロン仏友会の頃には、リアルに対面でワイングラスを傾けられる日が復活することを祈りつつ、互いの健康を念じて散会しました。

投稿者: 中村 日出男  フランス語 1974年卒業

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中国経済の本を出版しました

著書名:中国経済は強いーそのシステムとポストコロナの世界経済ー
著者:古島義雄
出版社:晃洋書房
出版日:2021年11月20日
定価:3000円+税
ISBN 978-4-7710-3525-6

内容:中国の経済システムを金融・財政・企業などのサブシステムに分解し、その歴史・経緯から省察することで中国経済の全体像を明らかにしようとしたものです。現在話題となっているアリババ問題、恒大問題、さらには米中対決の背景も本書から明らかになります。
各章の内容は次のとおりです。
第1章 中国異端論ー国際政治経済面からの考察ー
第2章 金融システムー国有銀行中心型システムからインターネットバンキングへ?-
第3章 財政システムー中央政府と地方政府ー
第4章 企業システムー中国の企業とは何かー
第5章 社会保障システムと保険業界ー企業から国家へー
第6章 対外経済システムー「一帯一路」への路ー
第7章 教育システムー科挙から科学技術立国へー
第8章 中国の経済システムー中国経済は「地域分散型複合経済」であるー
第9章 中国異端論を超えてーポストコロナの正統と異端ー

投稿者:古島 義雄 中国語  1969年卒業

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『北区西ヶ原 留学! できますか?』

澤井繁男著『北区西ヶ原 留学! できますか?』(未知谷、7月7日刊行、2400円+税)

1970年代の青春群像。
あの頃、あの場所。「〔男〕の幻想と〔女〕の期待」が交差する青春小説。
インドネシア語科に集う男女学生の目的と恋愛感情(第Ⅰ部)。
チェコ語科に学ぶ、クラシック好きの青年の日常(第Ⅱ部)。
就職率抜群の外大ブランドの神話の内実と弱小語科の悲哀を活写。作品は円環して終わります。

投稿者: 澤井繁男 イタリア語 1979年卒業

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デビュー20周年記念ギターリサイタルのお知らせ

クラシックギタリストの坪川真理子です。
今月末、国分寺いずみホールにて、活動20周年の記念リサイタルを開催します。
広いホールのため、収容人数の半分に制限しますので、是非よろしくお願いいたします。

 

 

「坪川真理子 ~デビュー20周年ギターリサイタル~」
日程 2021.10.30(土)
開演 18:40(開場 18:20)
会場 国分寺市立いずみホール・Aホール
交通 JR西国分寺駅南口より徒歩1分
料金
一般 前売3,000円/当日3,500円
学生 1,000円(小学生100円)
申込
guitar@kusu.jp(楠)
042-401-0098
後援:スペイン大使館、文化庁

<プログラム>
愛の挨拶(エルガー~佐藤弘和)
スペイン・セレナーデ(マラッツ~タレガ)
ソナチネ(トローバ)
夢路より -ソルのエチュード“夢”
Op.35-17に基づく(フォスター/ソル~佐藤弘和)
マルボローの主題による変奏曲(ソル)
プレリュードNo.3(エスタレージャス)
ロンデーニャ(R.S.デ・ラ・マーサ)
朱色の塔(アルベニス~坪川)
「3つの日本の歌」より
荒城の月(瀧 廉太郎~佐藤弘和)
村祭り(文部省唱歌~佐藤弘和)

※曲目は予告なく変更になる場合があります。

投稿者: 世良 真理子 スペイン語 1995年卒業

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『二度の自画像』翻訳刊行

日本語学科卒業後、朝鮮語専攻で再入学し、今は大学院で韓国文学を研究しています。
外大出版会から翻訳書の刊行にあたり、広報にインタビューが掲載されました。
日本語学科で学び始めた韓国語が、このように形になり不思議な気分です。

https://wp.tufs.ac.jp/tufstoday/students/21082301/

投稿者:吉良 佳奈江 日本語  1994年卒業

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「栄誉証書」を受賞して

この度、南開大学より「栄誉証書」を授与され、大変名誉なことと感謝致しております。

私はこれまでに「孫文を助けた山田良政兄弟を巡る旅」(2016年彩流社)、『孫婉 孫文愛嬢の波乱の生涯』(2017年日中言語文化出版社、訳書)、「中国革命と写真」(2020年彩流社)などの本を上梓してきました。それらの本はすべて南開大学教授・刘鑫全先生を通じ南開大学外国語学院図書館に寄贈してきました。

先生は十年に亘り「聊斋志異」を教えて下さった恩師であり、先生のご指導と励ましがあったからこそ、これらの本を書いたり訳したりすることが出来ました。深謝致します。

これらの本を通して、すこしでも近代中国の歴史を理解していただけたらと思います。

投稿者: 岡井 禮子  中国語 1956年卒業

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オリンピック開催に思う

Tokyo2020オリンピックが始まり、日本人選手の活躍が沈んでいる日本社会に活を入れてくれている。メディアに見られたこれまでの「やる・やらない」議論が一夜にして吹っ飛ぶほど、日本人アスリートたちの活躍だ。彼らの純粋なより早くより高くより強くの精神の発揮に目を見張るばかりだ。

1964年の東京オリンピックを経験したわが身には、このコロナ禍の中で開催できたことに感謝するのみだ。100年前のスペイン風邪影響下にあったアントワープ・オリンピック(参加国29国)があったことを思えば、人類は常にリスク下のイベントに果敢に挑戦してきた。

前回の東京オリンピックでは100国を下回る参加国だったが今回は倍増の200国を超えての参加国だ。国を挙げて各国選手団を歓迎し、世界レベルの活躍を期待するのは当然だ。

開会式の中で忘れていけないのは、1964年大会で世界の44国から持ち寄られた種を日本各地で育て上げその間伐材で作った五輪(オリンピックリング)の紹介であった。

今回は北海道遠軽町の児童支援施設の林で育てた木材のようだが、アイルランド・カナダ・北欧各国はじめ44国から届いた五輪の種を日本各地で大事に育ててきたことを、世界の選手団が届けた五輪への熱い思いをこの57年間大事に繋いできたことを日本国は世界に誇っていい。

そして閉会式では、改めてその日本各地で育った参加各国から送られて種から立派に育った樹木の生命を、世界平和の象徴として、将来のオリンピック開催国と参加されるすべての市民に繋いでいきたいと宣言してほしい。

投稿者: 佐々木 洋  英語 1973年卒業

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