「龍の世界」 池上正治(C1970)著を読んで

2024年辰年に向けて「龍の世界」が2023年10月に出版されたので紹介します。初出は1994~97年に長野県の須坂新聞に「龍百話」として掲載。これをもとに2000年に「龍の百科」、新潮選書を出版。そして30年弱を経た今年、評価が高まり講談社学術文庫としての出版です。まさに長寿の登り龍です。索引が充実しているのでとても便利です。

漢王朝を開いた農民出の劉邦は、権威を付けるために龍をシンボルにしました。「劉邦の母は夢の中で龍と会い劉邦が生まれた」と司馬遷は史記に書いています。また漢から清に至るまで2000年にわたり、歴代皇帝の正装は、絹地に龍の刺繍をほどこした黄色の龍袍(りゅうほう)でした。他方、キリスト教ではdragonは頭を砕かれる悪魔であり、東西文明で扱いが正反対です。

龍が描かれた工芸品も詳しく解説されています。池上さんが現地で現物を観た感動、美意識が伝わってきます。3例を挙げます。

雲崗の石窟で知られる大同には、九龍壁(長さ45.5m、高さ8m、厚さ3m)があり、9つの龍が彫られています。中国では9は最大の数字で、至高の存在であり、9に苦を連想する日本とは違います。
余談:香港には九龍地区があります。

中国の支配者は龍を独占したように、焼き物も独占してきたのです。帝王専用の窯があり官窯と呼びました。景徳鎮の官窯で焼かれた明代の青花龍文壺(せいかりゅうもんつぼ)は出光美術館に所蔵されています。

清代初期の白磁の瓶に遊ぶ赤絵の龍も逸品です。
本書ではどの写真も白黒ですが、ネットで検索すると実物や類似品のカラー写真が出ます。

著者から気になる警告があります。「辰年は歴史的に、とかく荒れる模様」という203-205頁の記述です。
例1 1976年 毛沢東と周恩来が亡くなった。
例2 1856年 アロー号事件、英国の小帆船アロー号が清に臨検されると、これを口実に英仏は中国侵略を開始した。
例3 1796年 白蓮教徒の乱。河南、湖北、四川など広い地域で農民が反乱を起こした。

ウクライナ戦争、イスラエル・ハマス戦争とすでにテレビニュースを視るのもウンザリですが、辰年はさらに世界の動乱が続く、との覚悟が必要と思います。

2023年11月18日

投稿者: 蓮見幸輝  英語  1966年卒業

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昭和6年サンフランシスコ刊『漫画四人書生』フランス語版刊行

今般(2023年7月21日)フランスで刊行された、『漫画四人書生』(ヘンリー木山義喬著、1931(昭和6)年発行、発行地サンフランシスコ)に関するフランス語書籍 QUATRE JAPONAIS À SAN FRANCISCO 1904-1924 (キャトル・ジャポネ・ア・サンフランシスコ:在サンフランシスコ四人の日本人1904-1924)を紹介させていただきます。
この会員便りに投稿される著書・翻訳書紹介は日本語で執筆され、日本で刊行される書籍であり、本書のようなフランス刊行のフランス語書籍は対象外か、との躊躇があるものの、フランスにおける日本漫画文化受容状況の一環として一興かと投稿いたします。

『漫画四人書生』は、20世紀初頭にサンフランシスコに移民した4人の日本人青年の20年に亘る生活体験譚を、そのうちのひとりである画学生ヘンリー木山義喬が、当時のアメリカ合衆国の政治・経済・社会・文化、日本人移民に係る日米外交関係等を背景に、52話(1話12コマ)の物語漫画に仕立てた漫画本で、日・米人の発言はそれぞれ発話のまま、日本語と英語(日本人が書き写す、かなりブロークンな)で綴られています。1904年のサンフランシスコ上陸から1924年の一時帰国までの生活状況を、漫画という表現手段に余すところなく描き込もうとした、歴史の証言を残そうとした意図が明瞭に読み取れます。各エピソードにユーモアを籠め、その意気込みをオブラートに包んでいますが、意図は隠しようもなく伝わってきます。
移民は1882年に始まり、1904年は移民を巡る日米の軋轢が既にかなり濃厚になっていた時期で、新規移民を禁ずるカリフォルニア州法の施行が1924年7月1日ですから、著者には移民史の全展開が視野に入っていたわけです。

現代まで展開する日本の物語漫画の嚆矢とも言える漫画文化史的意義、アメリカ合衆国日本人移民事情や日系アメリカ人誕生の貴重な証言としての歴史的価値、にもかかわらず、『漫画四人書生』は、著者自身の私費出資による数量限定出版であったこと、発行地がサンフランシスコで、日本の書籍流通網に乗らなかったことを理由としてか、日本でその存在は知られていませんでした。
発刊後半世紀を経た1980年代、発刊の地サンフランシスコでもまた『漫画四人書生』の存在は忘れられていましたが、アメリカ人の日本漫画研究家 Frederik L. Schodt (*) がカリフォルニア州のさる大学図書館に収蔵されていた一冊に遭遇し、調査研究の末、1999年、漫画の全英語訳に加え、各話内容についての詳細な解説・注記を付し、さらに、ヘンリー木山義喬の人生や、この書の、漫画表現における日米交流史上の位置等を語る論文を併せた The Four Immigrants Manga — A Japanese Experience in San Francisco 1904 – 1924 の上梓に至ります。 (*) 2017年度国際交流基金賞受賞

アメリカ人日本漫画研究家の業績により、幾星霜を経て漸く、日本漫画史上の稀覯本の存在を知った日本の漫画研究界は2008年、1931年版の復刻に併せ、The Four Immigrants Manga の解説・注記・論文部分の全日本語訳および日本人研究家による論考を編集した『漫画四人書生「初期在北米日本人の記録」第三期』を文生書院から刊行しています。

今般フランスで刊行されたのは Frederik L. Schodt : The Four Immigrants Manga のフランス語版で、刊行者 Onapratut, Le Portillon はフランス人の日本漫画研究家グループで、彼ら自身も漫画家です。解説・注記と論文部分は英語からの仏語訳ですが、漫画の日本語台詞は英訳からの重訳ではなく、原版日本語からフランス語に直接訳し直すこととなり、私が依頼を受け、担当しました。
同時代人には漫画の絵と台詞だけで何の説明もなく理解された日米時事漫画であり得たでしょうが、百年後の翻訳者には、語られる歴史事項の学習が必須となりました。
さらに、登場人物の通常会話の随所に、孔子に始まり、中国渡来または平安時代以降の日本人詠の漢詩、例えば『和漢朗詠集』、八代集和歌、経典、能・狂言・歌舞伎の台詞、江戸時代後期から流行した小唄・端唄・お座敷唄・都都逸、各地民謡等が引用されていて、明治・大正期に教育を受けた日本人と、私のような戦後生まれの日本人の文化的背景の分断が驚異的に感じられました。フランス人読者に理解してもらうために、ひとつひとつ注釈を付けました。

本学同窓生に漫画読者は多くはないと思い、ひとこと付言しますと、1993年『ドラゴンボール』の仏訳刊行が招いた日本漫画ブームは30年を経て、日本でのヒット作品はほぼすべて仏訳出版されるに至り、今、フランスは世界最大の日本漫画輸入国です。そこに、一世紀近く前に制作された、日米関係史の一時期を証言する歴史漫画『漫画四人書生』を投入することに、フランスの日本漫画研究界の優れた知的好奇心を感じます。

投稿者:沼田 睦子 フランス語 1969年卒業

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出版案内:増訂電子版『日本語「形成」論―日本語史における系統

 

 

 

 

 

 

 

さる2016年4月~「本の紹介」コーナーに拙著『日本語「形成論」―日本語史における系統と混合』を投稿させていただきましたが(2017年1月16日付)、あらたな増訂電子書籍として刊行しましたので、それをお知らせします。

投稿者: 崎山 理   フランス語 1962年卒業

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「文化メディアシオン―作品と公衆を仲介するもの」(新刊訳書)の紹介

波多野 宏之(はたの ひろゆき)氏がこの7月に新刊訳書を白水社から出版された。
同氏は本学出身で図書館・美術館勤務という異色の経歴を持ち、美術情報学分野における日本でのパイオニア的存在。詳しくはユニークな下記略歴をご参照。

本書によると美術館、博物館、歴史的建造物、これらについての展示パネルや音声ガイド、劇場や映画などの字幕解説、ワークショップなど「人と文化を結ぶ」諸活動が、いわゆる「文化メディアシオン」ということである。

日常生活の中で「ヒト、モノ、カネ、情報」は、大切な4大価値であるが、「文化メディアシオン」はこれらすべてを扱う総合的な分野といってもよい。

「文化とは何か?」、「文化財とは何か?」、「文化価値とは何か?」、「(日本の文化も大切なのに相変わらず)なぜ日本政府の担当部署が「庁」から「省」に格上げならないのか?」など、文化についていろいろ再考する良いキッカケになると思います。

同氏 は入学から 1968 ~ 69 年の学園紛争時にかけて中野区上高田の日新寮に寄宿していたとのことで 6 月の卒業となった由。もと関東大震災の避難収容受入れの場所でもあった、日新寮を貴重なもの、「時代の記録」として「日新寮アーカイブズ」 の形で残す作業(デジタ ル文書・画像化)にも取り組まれました。

日本は公文書管理法制定(2009)など法制面の整備、 文化財の保護、作品のデジタル・データ化、ネットワークなどフランスの文化政策から多くを学ぶ必要があると思われます。是非、ご一読をお薦めしたい。

投稿者:金澤脩介 フランス語 1968年卒業

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〇波多野 宏之氏 略歴
東京都立中央図書館などの勤務を経て、1992 – 2003年に国立西洋美術館主任研究官を務める。3 度に亘るフランス滞在 [1984-85 年仏政府給費留学(ポンピドー・セ ンター)、1995-96 年文部省在外研究(ルーヴル美術 館内文化省中央図書館・アルシーヴ)、2013-14年国立文化財学院招聘研究員] で貴重な経験を積んだ。

2004年「文化情報学」(博物館・図書館・文書館、映像、観光情報、コンピュー タなどの総合学)を謳う駿河台大学文化情報学部教授となり、同学部長を経て、2008年に副学長に就任。後に学部改編によりメディア情報学部教授となり、現在名誉教授。

専門はアート・ドキュメンテーションや文化環境の日仏比較であり、美術情報学の分野では日本の重鎮の一人である。研究活動ではアート・ドキュメンテーション学会初代会長、日仏図書館情報学会会長、日本図書館情報学会理事などを歴任した。

〇ご参考:
・2003年:第5回 図書館サポートフォーラム賞受賞
・「仏友会」での講演会
演題 は「情報メディアの伝統と革新-フランスの図書館・美術館 に学んで」。
時代の先端を行くデジタル技術、画像ドキュメン テーションの話を中心に「文化財」の保護・保存・活用について、講演。
「文化大国、ミュージアム大国フランス」での貴重な研究・経験などを披歴。
・仏友会会報誌LA NOUVELLE No.5 に掲載記事「情報メディアの伝統と革新―フランスの図書館・美術館に学んで」(2010年9月15日号)

文化メディアシオン:作品と公衆を仲介するもの (文庫クセジュ)
by ブリュノ・ナッシム・アブドラ, フランソワ・メレス, et al. | Jul 1, 2023 1,320円

関連著書:『画像ドキュメンテーションの世界』(単著,勁草書房,1993年)
『図書館資料利用論〈1〉』(単著,放送大学教育振興会,1998年)
『デジタル技術とミュージアム』(編著,国立西洋美術館,2001年)
『フランスの美術館・博物館』(共訳,ジャック・サロワ著,波多野宏之/永尾信之訳,白水社,2003年)

 

 

「万里同風、中国との57年」を読んで

池上正治さん(東京外語大中国科1970年卒)から今年3月末にこの本を頂いた。私は池上さんを凄い中国通と尊敬している。

池上さんが57年にわたって撮った66枚の口絵写真と、第1章、1967年の訪中学生参観団の記録をただちに読んだ。第2章は広い中国を8地区に分けて概説しており、125頁の分量は本書の2/3を占める。私が2年駐在したことのある香港と隣の広東省、興味があったチベットやカイラス山から読み始め、この章を半分読んだあたりで、索引が完備しているので、辞典のように使えばよいのだと気付いた。

6月に改めて読んだのが第3章、長大なもの3つ、万里の長城、大運河、大長江である。2,000km強の運河について私は初めて学んだ。

第4章、日中に架ける橋を読むと、徐福、花蓮(はなはす)、南開大学に関連して、池上さんが日中交流に取り組んだ様子が生き生きと描かれている。60年近くにわたって日中交流に取り組んできた池上さんの偉業に頭が下がる。筆者が強調したいのは日中交流の重要性だ、と納得した。

蓮については2020年7月、埼玉県行田市の古代蓮の里で、池上さんに直接教えてもらった。本書に出てくる「板橋区立中台小学校、花蓮、20年の軌跡」と題したパンフレットも頂いた。写真、文とも小学生に蓮爺さんと親しまれる池上さんの作である。

なお、「万里同風」は非売品で残部数は分かりませんが、是非読みたいと思う知り合いの方は、池上さんに連絡してみたらいかがでしょうか。

2023.7.11記

投稿者:蓮見幸輝 英米語 1966年卒業

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キム・オンス『野獣の血』

いつもお世話になっております。
このたび拙訳により標題の作品が刊行されることになりました。
https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784594094997

本書との出会いや翻訳の工夫等は出版社のブログに掲載されています。
http://www.fusosha.co.jp/mysteryblog/2023/06/post-393.html

人間の業を重厚なエンタメ小説で味わっていただければ幸いです。

投稿者:加来(旧姓:犬飼) 順子 朝鮮語 1989年卒業

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