昭和6年サンフランシスコ刊『漫画四人書生』フランス語版刊行


今般(2023年7月21日)フランスで刊行された、『漫画四人書生』(ヘンリー木山義喬著、1931(昭和6)年発行、発行地サンフランシスコ)に関するフランス語書籍 QUATRE JAPONAIS À SAN FRANCISCO 1904-1924 (キャトル・ジャポネ・ア・サンフランシスコ:在サンフランシスコ四人の日本人1904-1924)を紹介させていただきます。
この会員便りに投稿される著書・翻訳書紹介は日本語で執筆され、日本で刊行される書籍であり、本書のようなフランス刊行のフランス語書籍は対象外か、との躊躇があるものの、フランスにおける日本漫画文化受容状況の一環として一興かと投稿いたします。

『漫画四人書生』は、20世紀初頭にサンフランシスコに移民した4人の日本人青年の20年に亘る生活体験譚を、そのうちのひとりである画学生ヘンリー木山義喬が、当時のアメリカ合衆国の政治・経済・社会・文化、日本人移民に係る日米外交関係等を背景に、52話(1話12コマ)の物語漫画に仕立てた漫画本で、日・米人の発言はそれぞれ発話のまま、日本語と英語(日本人が書き写す、かなりブロークンな)で綴られています。1904年のサンフランシスコ上陸から1924年の一時帰国までの生活状況を、漫画という表現手段に余すところなく描き込もうとした、歴史の証言を残そうとした意図が明瞭に読み取れます。各エピソードにユーモアを籠め、その意気込みをオブラートに包んでいますが、意図は隠しようもなく伝わってきます。
移民は1882年に始まり、1904年は移民を巡る日米の軋轢が既にかなり濃厚になっていた時期で、新規移民を禁ずるカリフォルニア州法の施行が1924年7月1日ですから、著者には移民史の全展開が視野に入っていたわけです。

現代まで展開する日本の物語漫画の嚆矢とも言える漫画文化史的意義、アメリカ合衆国日本人移民事情や日系アメリカ人誕生の貴重な証言としての歴史的価値、にもかかわらず、『漫画四人書生』は、著者自身の私費出資による数量限定出版であったこと、発行地がサンフランシスコで、日本の書籍流通網に乗らなかったことを理由としてか、日本でその存在は知られていませんでした。
発刊後半世紀を経た1980年代、発刊の地サンフランシスコでもまた『漫画四人書生』の存在は忘れられていましたが、アメリカ人の日本漫画研究家 Frederik L. Schodt (*) がカリフォルニア州のさる大学図書館に収蔵されていた一冊に遭遇し、調査研究の末、1999年、漫画の全英語訳に加え、各話内容についての詳細な解説・注記を付し、さらに、ヘンリー木山義喬の人生や、この書の、漫画表現における日米交流史上の位置等を語る論文を併せた The Four Immigrants Manga — A Japanese Experience in San Francisco 1904 – 1924 の上梓に至ります。 (*) 2017年度国際交流基金賞受賞

アメリカ人日本漫画研究家の業績により、幾星霜を経て漸く、日本漫画史上の稀覯本の存在を知った日本の漫画研究界は2008年、1931年版の復刻に併せ、The Four Immigrants Manga の解説・注記・論文部分の全日本語訳および日本人研究家による論考を編集した『漫画四人書生「初期在北米日本人の記録」第三期』を文生書院から刊行しています。

今般フランスで刊行されたのは Frederik L. Schodt : The Four Immigrants Manga のフランス語版で、刊行者 Onapratut, Le Portillon はフランス人の日本漫画研究家グループで、彼ら自身も漫画家です。解説・注記と論文部分は英語からの仏語訳ですが、漫画の日本語台詞は英訳からの重訳ではなく、原版日本語からフランス語に直接訳し直すこととなり、私が依頼を受け、担当しました。
同時代人には漫画の絵と台詞だけで何の説明もなく理解された日米時事漫画であり得たでしょうが、百年後の翻訳者には、語られる歴史事項の学習が必須となりました。
さらに、登場人物の通常会話の随所に、孔子に始まり、中国渡来または平安時代以降の日本人詠の漢詩、例えば『和漢朗詠集』、八代集和歌、経典、能・狂言・歌舞伎の台詞、江戸時代後期から流行した小唄・端唄・お座敷唄・都都逸、各地民謡等が引用されていて、明治・大正期に教育を受けた日本人と、私のような戦後生まれの日本人の文化的背景の分断が驚異的に感じられました。フランス人読者に理解してもらうために、ひとつひとつ注釈を付けました。

本学同窓生に漫画読者は多くはないと思い、ひとこと付言しますと、1993年『ドラゴンボール』の仏訳刊行が招いた日本漫画ブームは30年を経て、日本でのヒット作品はほぼすべて仏訳出版されるに至り、今、フランスは世界最大の日本漫画輸入国です。そこに、一世紀近く前に制作された、日米関係史の一時期を証言する歴史漫画『漫画四人書生』を投入することに、フランスの日本漫画研究界の優れた知的好奇心を感じます。

投稿者:沼田 睦子 フランス語 1969年卒業

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