本の紹介 『エフゲニー・キーシン自伝』

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 このたび、ようやくロシア語からの訳書を上梓する機会に恵まれました。英語版がもうすぐ刊行予定ですが、ロシア語版はいまだ確認できません。現時点では初にして唯一のキーシン氏自伝かもしれません。

『エフゲニー・キーシン自伝』
エフゲニー・キーシン著、森村里美訳
ヤマハミュージックメディア刊
2017年3月19日発売
本体2,500円+税(定価2,700円)
ISBN 978-4-636-93071-9
http://www.ymm.co.jp/p/detail.php?code=GTB01093071

世界的な天才ピアニスト、若き巨匠へとみずからを高め続けてきたキーシン氏。1971年にモスクワで生まれ、6歳で入学したグネーシン音楽学校で師事したアンナ・カントール先生が、生涯の恩師となり家族となりました。
高名無名の忘れ得ぬ人々との出会いと別れ。音楽だけではなく、文学、政治、民族問題など硬軟合わせ、めぐる想いが綴られます。ユダヤ人への心ない言葉に涙ぐむキーシン少年。ドイツの街角楽隊による熱演を前に、公演での自分の不完全燃焼に恥じ入り決意をあらたにする青年キーシン。スパイ小説もどきの謎を秘めた、遠縁にあたるキーシン卿。カラヤンにスヴェトラーノフにマルタ・アルゲリッチ。驚くほど率直な語り口で、音楽と人生への愛情と詠嘆と感謝が紡がれてゆきます。
ロシア、イギリス、イスラエルの3つの国籍を持つに至った経緯も、カントール先生の無二のすばらしさも、期待にたがわず丁寧に書きこまれます。校正も大詰めとなった春先、結婚予定のお知らせが入り、数行の追加原稿をいただいたことも忘れられません。
ピアノと楽譜の質感を漂わせる装丁にぜひ触れてみてください。アラムナイ文庫でもご覧いただけます。

インターネット上の調査だけではなく、紙の辞書も大いに引き、無限の教えをいただきました。編者に連なるのは在学中にお世話になりました飯田先生、新田先生、染谷先生。「翻訳するときはすべての単語を辞書で確かめる」との原先生の講読授業中のお言葉も幾度となくよみがえりました。格変化ドリルが恐ろしかった中澤先生がまとめあげられた2015年刊の辞典からも新たな視点をいただきました。
往事の自分はなんと不勉強であったことか、そしてなんと恵まれた環境だったにもかかわらず、直接教えを賜る機会をみずから逃していたか。黒すぐりの実を含んだような懐かしい苦さが胸の深いところに静かに広がるのです。

2017年6月3日

投稿者: 森村里美 ロシア語 1986年卒業

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