公民館の一室から、世界が見える⑥(和製漢語、「日本語教室で教える漢字」とは?)


日本語教室での上級クラスの大半が中国人生徒さん達への教案作りは容易ではない。

模範的テキスト、「みんなの日本語」を卒業した、日本語の流ちょうな中国人の女性たち、皆さん優秀で回転が速い。
さて、今日は何を問題提起しようかと悩み、先日は多画数漢字(びゃんびゃん麵)を選んだ。

次は如何しようと思い考えたテーマが、「和製漢語の現在中国における存在」。
どのように中国の民が、昔輸入(留学生が大挙日本に来て、学び持ち帰ったもの)して出来た和製漢語と日中文化論が私が描くテーマだ。

和製漢語の例は;
社会・自由・科学・概念・実業・支配・演説・環境・関係
企業・建築・工業・基準・経験・義務・教養・交通・市場
思想・計画・経済・業務・金額など
1000文字を超える。
みればこんなに重要なキーワードのオンパレード、これが皆MADE IN JAPAN なの?驚くしかない。
全国の、そして海外の日本語教室で、実際中国人生徒さんたちに教えている先生方から、教えを請いたいと思っている。
純粋な漢字論として昔日本人が、西洋に追い付け、追い越せで苦労の末先人たちが作り上げた和製漢語のことである。
明治以降日本国は急速に西洋に追い付けの方向性で、40年後、1920年代には世界の五大国入りを果たした。
この和製漢語、中国の人たちにとっても大きな意味のあるものだと個人的に思う。
「日清戦争」で、考えられない敗北を喫した中国(清国)は、今度は日本に追い付け、追い越せの精神で、日本のいいところを学び取る、その一つが西欧文明・文化の日本語訳であった和製漢語の輸入である。
プライドの高い清国が全力を出せば、時間をかけゼロから作ることも可能だろう。
当時の国際政治が、それを許さない。
どの国の国際政治戦略も時間が勝負。
出来るだけ早く西欧文明を取り入れるために一歩先んじた日本国から、和製漢語を大量に輸入することにした。
それを担ったのが、明治の時代の優秀な中国人留学生たちだった、有名な魯迅(東北大学留学)もその一人だろう。
この辺は、昔聖徳太子が中国(隋や唐)におくりだした遣隋使、遣唐使を思わせる。時がたち、立場が逆になっただけ。

日本語教室の中国人生徒たちに対する思いには、
①中国の生活上、浸透している漢語の少なからぬ部分が、明治時代に、留学生たちが持ち帰った和製漢語である。「漢字文化の国としての日本と中国の関係」を、どのように考えたらいいだろうか?
現在中国に浸透している1000字以上の和製漢語。
日中の漢字文化圏として、世界における位置付け、その影響力等考えてみる価値がありそうだ。

②中国が日本から輸入した直接の原因、それは不幸にも日清戦争が起きて、中国が日本との力の差を感じ、日本に追い付き追い越せと、政治リーダーたちが考えた国家発展の基盤作りで有ったはず。
たとえ戦争が間に入ったとしても、この両国間に浸透した、漢字文化の流れは、日中国民にとっての宝物ではないだろうか?

③本テーマを日本語教室にプロポーズした際
おんな先生から、
「佐々木先生、和製漢語の成り立ちには、どうしても「日清戦争」を説明することになる。それでは国際交流(日中友好も入る)事業としての日本語クラスを傷つける恐れがある。やめておこうよ」と。
ムムム。

④はて、如何なものか?
世の日本語教室の諸先生方にお尋ねしたい。

日清戦争も、日露戦争そして日本人が一番目を背けてきた第二次世界大戦(大東亜戦争・日米戦争)も歴史的事実である。
そのことと、今若い中国人生徒さん世代に、純粋に「日中漢字文化論」として、明治のころから魯迅はじめ多くの中国人留学生の皆さんが持ち帰って、今や中国漢字になり切っている、漢語MADE IN JAPANについて、語り合おうではないか?

これは不適当な問題提起なんでしょうか?
これまで付き合ってみて8名の中国人若者たち、素晴らしい感性と、驚くほどの回転の速さもあって信頼関係を築いてきている。

日清戦争のことに触れざるを得ないからと言って後ろ向きになるのではなく、むしろ、このテーマを掲げ、日中間で若い中国人生徒さんと中堅の日本人先生方が、臆することなく真摯に議論する時間を持つことが日中間の、「一衣帯水」論の認識を深める大事な契機となるものと確信する。

日本語教室で日中関係の未来を築こうと
考える見習い講師の一人です。

投稿者:佐々木 洋 (1973年 英語 卒業)

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“公民館の一室から、世界が見える⑥(和製漢語、「日本語教室で教える漢字」とは?)” への1件のコメント

  1. 佐々木さんの洒脱な投稿、いつも面白く読ませて頂いています。以下は今回の和製漢語に関する投稿への感想です。
    明治時代に日本人が作った大量の漢語が中国に移入して使われていることに対して、中国人がどう思っているか、在日の若い中国人生徒さんたちと議論してみたい、と仰っています。母校外大の名誉教授岡田英弘さんは「漢語とは何か」(新書館1997)の中で、「現在の中国人は、彼らが使っている中国語が、実は文体もボキャブラリーも日本語からの借用であることをすっかり忘れてしまっている。日本人もまた、それを知らない。まことに残念なことである。」と慨嘆されました。
    思うに、この明治時代の和製漢語の発生は、漢字到来から1500年という長い歴史の中で、たまたま日本国が優位に立った一時期のことなので、この時代のことだけを取り出して議論しようとするならば、本家中国として心おだやかでないひとが出るかもしれません。中国語文エッセイスト高島俊男さんが「漢字と日本人」(文春新書 2001)で、「雨」「雪」「風」とか「暑い」「寒い」など具体的なものを指す言葉しか持たない日本人に、「天候」「気象」など概括する抽象的言葉を教えてくれたのは中国人だったと書いています。(ただし抽象的概念を表す言葉[理、義、恩、智、学、信、徳など]を教わった結果、日本語はみずからのなかに新しい言葉を生み出していく能力をうしなった、とも書いていますが)
    時代は変化しました。デジタル、グローバルの時代です。[インストール、ダウンロード、プログラミング、アルゴリズム etc.etc.]などの外国語が日常的です。日本人は明治の日本人のように和製漢語を創り出すことはなく、英語をそのままカタカナに移すことにしたようです。対して中国人はできるだけ表意の漢語を用いています。[安装、下载、程序计划、算法または演算法 etc.etc.] というふうに(固有名詞など表音文字にせざるを得ないものを別にして)、見れば意味がわかります。日本人が意味のわからないカタカナを偏重するのは、日本人の漢字力が衰えているからという説もあります。いずれのやり方が今後の社会の変化発展にとって好都合か、私も中国人と一緒に(私の場合は中国人先生と)考えてみたいと思います。

    本東 宏 英語1962年卒業