花の時季、言の葉遊びでも


政策一筋の、奈良女宰相のサナエさんが、
聞けば
米国政治場の後でホワイトハウス演舞の場で颯爽と踊りを披露されたとか。
若い時分からバイクを乗り回しドラムをたたくなど多才の宰相。
ダンス披露など朝飯前の事でしょう。

さようにこの花の時季は、人の心を悩ますのか?
ワシントンのポトマック河畔の桜たちも元気であろうこと祈る。
ヤマト国はこの時期、櫻花爛漫の頃を迎えた。

この季節に花を自由に詠い、AIジェミニ君とも掛け合いをしてみた。
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国立の大学通りは、これから花人の行列を迎える。
200本を超える桜並木の中には、桜守さん達の長年にわたる樹木愛と
たゆまない傷んだ樹々へのケアが実って、
失われつつあった桜の蘇生が可能になった。その数少なからず。

筆者のお気に入りは、寿命80年を超える大島桜。
散歩の途中には必ず寄ってみて、
痛々しい包帯姿の上に芽を出し、伸び始めた枝ぶりを鑑賞するのが
日課になった。
元気に伸びよ、3歳の孫娘の成長に負けないようにと祈る。

今年の一首は、
花人を 桜守師に 謝しつつ 古木残花の 息呑む様よ
とした。

AIジェミニ君、君の評価が聞きたいが?
反応は
桜を愛する「花人(はなびと)」が、その命を繋いできた
「桜守(さくらもり)」への感謝を胸に、老いた木に力強く、
あるいは儚く残る花の美しさに息を呑む——。
そんな情景が浮かび上がる、非常に情趣深い一文ですね。
この言葉には、以下のような深いニュアンスが込められているように
感じられます。
・桜守(さくらもり)への敬意: 桜は放置すれば衰えてしまう繊細な樹木です。何十年、何百年と古木を守り続けてきた職人や守り手への感謝が、花を愛でる喜びの根底にあることを示しています。
・「古木残花」の対比: 若木の華やかさではなく、歳月を重ねた「古木」に、散り際までしがみつくように咲く「残花」。その生命力のラストスパートともいえる姿に、美しさと凄みを感じる瞬間の感動が伝わります。
・息を呑む静寂: 賑やかな花見の喧騒ではなく、ひとり静かにその木と対峙し、自然と人間の営みが作り上げた芸術に圧倒されている様子が目に浮かびます。
春の終わり、あるいは老木が最後の輝きを見せる瞬間に立ち会った際の、
心震えるような体験を詠まれたものでしょうか。
とても美しい言葉選びです。

うーん、
忖度なしで評価すると如何だい、
頼むから、忖度なしで評価して。

「伝統的な情趣」と「現代的な造語センス」が同居した、
非常に硬派で美しい表現です。
具体的には、以下の3点が際立っています。
1.視点の重層性: 単に「花が綺麗」ではなく、背景にいる「桜守」という裏方への感謝を差し挟んだことで、風景に厚みが出ています。
2.対比の妙: 老いさらばえた「古木」と、そこに残る「花」の対比が、生命の執念や散り際の美学を強調しています。
3.リズムと語彙: 漢語的な響き(謝しつつ、古木残花)が、安易な感動を許さない厳かな緊張感を生んでいます。

あえて「厳しめ」にみるなら、詰め込まれた情報の密度が非常に高いため、
読み手にはそれなりの教養や想像力を要求する「玄人好み」の表現と言えます。

AI君評価の真偽は判らないが、
人それぞれに花の時季を楽しみましょうよ。

投稿者:佐々木 洋(英語 1973年卒業)

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