「新年の誓い」(齢数えぬ生き方を探る)(前編)


和暦の師匠が、72侯「雪下出麦」から麦踏迄のこれからを教えてくれる。

新年も多くの「幸福人生の薬師」の皆さんから学びたい。

「コーキ・コーレイ」とは俺の事かいと、おじじ云い。

お役所言葉について、世の中の元気なシニアから反論を頂いたネーミングだ。竹馬の友、中村雅俊君の出演TV ドラマを監督された石井ふく子さんは、俳優たちに相変わらず厳しい指導していると聞く。その勢いで新年秋には「百寿山」登頂の運びとなる。

「好きなこと(ドラマ制作)をしていれば、齢数える暇もない」ということか。じっくり味わいたいものだ。

それとは別に、自身,心不全、高血圧、糖尿病の薬を常用ながら(昨年は前立腺肥大で入院も)高齢医療や精神医療の「シニア層の希望の灯」和田秀樹ドクター、60代がかつてこんなことを言うのを聞き驚いたことがある。

「私は、多くのシニア患者を診て、特に脳の状態が85歳になると、ほぼ例外なく認知症、がん細胞化、動脈硬化の病変が表れるのを見てきた。」

(所属の病院経験から。発症率は個人差あるも、概そ4割の発症。6割の方は病変確認しても最後まで発症無しがリアルの由)。「そうなんだ」と改めて考える。新年3月までに、全員「コーキー・コーレイ」の仲間入りする高校時代のクラスメート達との新年会の場では、「俺達シニアの(これから)10年計画」を提唱しよう。具体的に「3つの10年計画」は、如何でしょう。

1・「75歳から85歳までの第一期10年」プラン

  それが出来たら

2・「85歳から95歳までの第二期10年」プラン。

3・「95歳から105歳までの第三期10年」プランへ進もう。

(説明のようなもの)

プラン1は、75歳まで元気に来たのだから、このまま走り85歳を迎える。

年相応に、「一病息災」(何らかの病気あって当然)で行きませんか。

→吉永小百合さんは、いつもお健やかに 80代を静かに生涯女優の道を歩んでいる。そんな小百合さんでも、映画撮影中に気が付かないで肋骨(圧迫)骨折したとか

→昨年末には「コーキ・コーレイ」仲間入りの、由美かおるさんは今、西野流呼吸法を世のシニア層に伝授中。変わらない魅力。

こちらの方がTV水戸黄門の入浴シーンよりずっといいぞ。

和田秀樹氏が言う、先述した85歳を迎えると例外なく病変を身体内に抱えるが、マネジすること可能という、むしろ下手な遠慮はせず元気に生きよと。

和田ドクターは、私が気にするコレステロールの扱い方を教えてくれる。「白い巨塔」の皆さんは悪い面だけ取り上げ、いい面の癌細胞化や認知症に対する自己免疫力アップとなる材料はコレステロールなんですよ、シニアが欲しい元気の素、男性ホルモンの材料ともなるコレステロールは、日本民族は相対的に少なすぎると主張される。そもそもコレステロール管理は、アメリカ人の心臓病多発予防の治療。心臓病死が少なく、今はガンが最大の死因の日本民族には、コレステロール高い方がいいはずだと主張。

医療現場を見ない「白い巨塔」の先生方は、アメリカの資料直訳、鵜呑みにして不勉強ではないかとまで仰る。おおいに考えさせられる。

茲は今まで通りの健康トリセツを実践継続し、上記発症を防ぐか、遅らせませんか。

既に日本社会では、健康オタク・シニアに常識にもなった健康長寿の「三大トリセツ」を思い出し、気持ちを新たにする。

  •  運動継続→30分以上の腰掛け状態は避ける。
  •  善き食生活、「まごわやさしい+発酵食品」。運動以上に大事なファクター。今は海藻食のフコイダン効果を期待。
  • 好きなこと継続、新しいことに挑戦し、前頭葉に常に新しい刺激を贈り続ける。85歳の壁(私が「第一次老いるショック」と考える)に対しても、自己免疫力の強化。

プラン2は、健康で95歳を迎えること。

→大村崑さんは、既に上を目指し、「元気かい(街)道」を今日も歩みつづける。我が家では祖父の94歳が最高齢。それを超えるのも親孝行だ。

崑さん、19歳で当時の国民病と言われた肺結核を患い、周りから40まで持たんと言われたのは有名な話。更に55歳で大腸と前立腺がん罹るも、今はご存じの通り、NHK大相撲中継にもよく顔出し、健康シニアの代表例。

94歳すぎた今も健康。ご本人は103歳まで生きますと仰しゃり全国行脚、スクワット(筋トレ)効果を広めている。ありがたや。映画界では、大女優佐久間良子さん、友人たちとの間でお好きなマージャンを楽しみながら、いつでもどんな役でもこなせるよう常に身体を鍛えておられるという、かっこいい。

私の周りの「アラ90」の先輩・知人たちは、元気にゴルフもカラオケも勉強もされ、淡々と好きなことをやりながら、歳を数えず「元気かい(街)道」を歩まれておられる。90代への道は、そう遠くない、見えている。

プラン3は、元気で105歳を迎えること。→ドラマ・プロデユーサー石井ふく子さんは、「元気かい(街)道」まっしぐらのファーストランナー。

近くに住む、大女優さんたちへ食事も用意されてこられた。

なかなか見えてこない世界だが、日本全体で100歳越えのお元気なシニアが10万人を超えるのは時間の問題となった。健康なシニア(センチューリアン)が、普通に生活を楽しむ社会到来です。石井ふく子さん、お好きなドラマ制作の現場で、ポン友中村雅俊君に厳しい演技指導の姿は変わらない、

雅俊君が先生はおいくつになったのかと驚いている。彼自身、「ドラマ撮影多忙で、齢数える暇なし」と若い70代仲間のファーストランナー的存在。

また、寝起きに首の運動・喉(舌)の運動の重要性を世に広めた、三浦雄一郎氏ご尊父の敬三さんは、有名な山岳スキーヤー、100歳超えてもアルプスをかっこよく滑降された。99歳健診で、身体内に動脈硬化病変を見せながら、一切発症とは無縁の「永遠の現役アスリート」だったと診察されたドクターは言う。敬三さんの教えでは、朝起きてすぐの首の運動(前後、右左、回転)。

これに、最近では菊池体操の和子先生の、「寝起き時は慌てず、ベッドの中でゆっくりでいいから毛細血管(→手指・足指)を動かし血流を確認しながら起き、これから一日の体を目覚めさせる」を加えて、朝のルーチンとして続けている。そういえば映画ダイ・ハードの中で、警部役ブルース・ウィリスが、ホテルのバスタオルを使い、足の指運動グーパーをしていたシーンが蘇る。

岡倉天心のお弟子筋、彫刻家の平櫛田中さんは107歳過ぎまで新しく彫刻するための「大楠」を自宅お庭に幾つも用意されていた。

ただ長く生きるが目的ではない、「楽しんで、自分のやりたいことや、新たなチャレンジに果敢に挑む」、気が付けば、百寿を超えていた(楽生超寿)という話、実践可能な話に思える。(後編へ)

投稿者:佐々木 洋(英語 1973年卒業)

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