長閑な正月-読書でも(「世界の見方の転換」山本義隆氏)


ワイフと孫娘の誕生月となる睦月、ゆったり本でも読もうかと散歩を兼ね近くの図書館に足を運び、「宇宙・自然科学」の棚に目を移すと、山本義隆氏の「世界の見方の転換」というみすず書房の分厚い本の名前が飛び込んできた。ある年代以上の人間にとって、著者の名前は、ある種の感慨を惹(ひ)き起こす伝説の源であろうが村上陽一郎の書評。
60年代最後の年に大学の門をくぐった世代には忘れられない名前だ。
大学正門前のバリケード、キャンパス内で揺れるヘルメット、ジグザグデモに街に出てのベ平連式フランスデモなど「政治の季節」の熱すぎる光景の数々が懐かしくよみがえってくる。氏が社会を変えようとした(東大)全共闘代表であれば、その後予備校で多くの若者に、どのように講義したのか興味がわく。大学院時代の氏の専門は自然科学史という、「世界の見方の転換」を著わすことが彼のライフワークになる。

15世紀の大航海時代WHITE SUPREMACY(白人優位)が支配する地球社会。キリスト教とルネサンスが欧州世界(中世)主軸となり、15,16世紀から17世紀へかけて、世界の見方を転換させる「近代科学(物理学)」が何故、どのように西欧で生まれたか氏は資料を駆使して分析力を示す。
当時科学の先端分野であった天文学(航海術や占星術が促す)においてコペルニクスに始まりケプラーで頂点となる150年に及ぶ当時主流の「世界観」(アリストテレス的天上観)を正す「知の闘い」が繰り広げられ、宗教界の抵抗にも負けず近代物理学発展の礎、その後のガリレオ・ニュートン以降の本格的物理学誕生の道を示す好著。氏の論考では、世界支配者ローマキリスト教(教会派)に対して、ルターやカルヴァンらの宗教改革者たちとの対決にも触れている。コペルニクス・ケプラーたちによる「天体学の真実(地動説、円運動破棄から楕円運動への転換)」という大きな知的躍動に対する教会派のみならず宗教改革者たちの「だんまり構図」が浮き彫りにされる。人類の得た新しい知恵を徹底して無視するか又は従来の宗教観と科学的真実を併記(逃げた形)することが歴史の示した人類の悲しい事実だった。
ルターの場合、天文学者の「天球」「長軸線」「周転円」は正しい、聖霊、聖書はこれを知らずすべての領域を「天」と呼ぶ。天文学者はこれを誤りと言ってはならない、それぞれの言葉を語ろうと言って逃げた。カルヴァンについては、バートランド・ラッセルが「西洋哲学史」(1956年)で激しくコペルニクス批判展開と書いたが1960年にこれを否定し、どこにもコペルニクス批判はしていないと訂正。新しい天体学への無知からくる無視の姿勢が精いっぱいだったことが判る。
氏の眼は、14・15世紀の「ルネサンス」と17世紀「科学革命」の谷間に文化革命ともいうべき「知の世界の地殻変動」があったことを、膨大な資料を駆使して描き出す。
大学紛争後、大学から外れ、図書館通いと一人神田の古書街で集めた資料の山で真実を探求していく。中身の一端は、中世大学のアカデミズムとは無縁の「職人・技術者・芸術家・外科医・商人・船乗り達」という当時の支配層からはかけ離れた者たちによる生産・流通や各種の職業的営為の過程で獲得されてきた「経験値」が大きく時代を動かす勢力に躍り出た時代でありそれまでの世界支配構造の頂点であるアリストテレス的宇宙観(天上観)、ローマキリスト教の宇宙観(プロテスタント改革も含む)を打ち倒す新たに人類が到達した自然科学観樹立への長くて苦難の道を解き明かす。

このみすず書房発刊の1100ページ(3分冊)を超える大作が出たのは2014年。さすれば氏はすでに古希を過ぎてから著わしたものだ。
すごいの一言。正月3ケ日の閑ある時に、ゆっくり読むにはおすすめの本である。
物理学の数式類は自分の能力を超えるが、迫力あふれる知的創造の世界、人類の近代科学前史の歩みを存分に堪能できる。科学数寄者、人類の知的活動にご関心ある向きにおすすめします。
追記:「世界の見方の転換」3分冊-2014年3月みすず書房発行
氏には他にも、
①「磁力と重力の発見」;「遠隔力の発見と承認」を17世紀物理学の核ととらえ時代への浸透ストーリ(専門家向け)。
②「十六世紀文化革命」;16世紀は職人・商人がエリートやアカデミズムの文化独占に風穴を開けた「知の地殻変動」を明らかにしたもの、
本書と合わせ近代科学史論3部作の位置付け。
いずれも「何故、近代科学が西欧でのみ可能であったのか?」という問題意識で書かれたもの。

投稿者:佐々木 洋 英語 1973年卒業

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