ベートーヴェン第九は年末公演から年2回へ


1824年5月7日はベートーヴェン交響曲第九がウイーンで初演された日
ベートーヴェンが20代の時に遭遇したフランス革命
欧州のみならず世界の歴史を変革し
身分制度を一掃すると期待してベートーヴェンら若者の魂が打ち震えた日
そして当時の若い世代がラマルセイエーズの節で
ドイツの詩人シラーの歓喜に寄せてを歌っていたが
自分の音楽で表現することを夢み
30年後に
第九として実現した歴史的な日となった
あれから200年である

そして1918年6月1日は
日本四国の鳴門市で第九が初演された日でもある
日本の初演は第一次大戦で英国の要請に応じ日本国がドイツとの戦いに勝ち
そのドイツ(民兵)俘虜たちによる
鳴門市(坂東地区)にあった俘虜収容所における
交響曲第九全曲の公演が日本そしてアジアにおける最初の公演となった
1918年の出来事ウイーンでの初演から94年後

背景には当時ドイツ俘虜収容所長であった松江氏の尽力が大きい
会津藩士の誇り高い血を引く松江が敗戦国ドイツの俘虜を大切に扱い
四国における
ドイツ村的な雰囲気の坂東収容所において
第九がドイツから日本国へ手渡された記念すべき日であった
当時の日本にはおよそ16もの俘虜収容所があったと聞くが
同じように丁寧にドイツさん達を扱ったと思われる
(久留米 兵庫 大阪 習志野あたりが知られる)
ドイツ人が伝えたユーハイム
ローマイヤ等は今や日本お家芸ものつくりのお宝にもなっている

ベートーヴェンの生涯についてはノーベル賞作家のロマンロランの著作に
詳しく述べてある
幸か不幸か音楽の才を持ち
人が及びもつかない高みまで開花させたベートーヴェン
飲んだくれの親父から受けたひどい仕打ちDVから幼年期が始まり
いまでいうアダルトチルドレン的な生活となり
そして親に代わり生計を担うことになる
上記の20代初めに受けた時代変革の目覚めを
その後29歳までに発症した難聴
身体不調やピアノ教室の弟子(貴族家庭のお嬢さんやご夫人たち)たちとの
数多の恋愛模様失恋を乗り越え
自らの音楽による革命的交響曲第九の樹立までの人生行路は
いつ聞いても胸を打つもの
ロマンロランの著作は小著ながら盛りだくさんの内容
当時の生き方がよく描かれている
ぜひご一読を

(クラシック)音楽に暗い自分としては
彼の難聴との闘いしか知らなかったが
ロランの作品から18世紀19世紀の欧州の生活振りが浮かび上がってくる
フランス革命そして米国の独立戦争という歴史が変わる時代背景に
若き日の音楽家たち
作家ゲーテ 詩人シラーたちが夢見た新時代
身分制廃止や共和制への熱き思いが時代背景として強く胸に迫ってくる
当時の生き方を十分感じさせる

昔一緒に働いた石油産業活性化関連財団の公認会計士殿が
べートーヴェンはやはりフルトベングラーですよと
いつも語っていたが
私にはカラヤン ワルターもベームもみな同じように聞こえる
今回ロラン著作を読み直し交響曲4 5 6あたりは
ピアノソナタ月光とともに彼の恋愛模様華やかな頃の作品と教えられ
再度聞き直すことにした

1802年というから彼が30代初め病気から立ち直れず
自殺まで追い詰められながら遺書を書いている
そこから這い上がる
自分には音楽しかないと悟って
20年彼の作曲道にまい進するあたりは
凡人には理解を超えるものです

第九の初演のウイーンでの光景をロランの小著から引用しよう
第九の成功は凱旋的であった
彼がステージに現れると喝采の一斉射撃を五度まで受けた
(儀礼重視のウイーンで宮廷人の来場には三度までが習慣の時代)
多数の聴衆が泣き出し べートーヴェンは感動のあまり気絶した
(以下略)

そろそろ最後にしたい
日本で第九が演奏されるのは年末が相場となっている
ドイツのライプツイッヒでは昔から年末の夕方から第九演奏をはじめ
新しい年にかけて歓喜の歌が歌われるような公演シナリオだったという
日本のN響もその辺にならったものか

一つ注文がある
現在でも四国鳴門市で行う6月第一日曜日に第九の会があるが
四国だけに限らず
日本全国で年末に集中するやり方を変えて
全国的に6月に第九公演を
公式に検討されては如何だろうか
これまでの年末演奏の歴史もありそれを尊重しつつ
日本では6月と年末に2回 第九公演 歓喜の歌を合唱するということです

聞けば欧州EUは
国家の歌として第九第四章を登録したのが最近2000年のこと
新しい試みであるが是非欧州の宝として根付かせてほしいものだ
欧州の平和的統合のシンボル的存在
―すべての人々が兄弟となる社会をめざすになるでしょう
その際は
ウクライナ戦争(2014年から始まる西欧州と英米軍対ロシア軍の大問題)
その停戦条約であったミンスク停戦条約(ウクライナ ロシア 独仏四か国間停戦条約)
を是非とも実効性のある国際法規として復活すべく進めてほしい
欧州がドイツとフランスが柱となりロシアとウクライナに停戦を求める
欧州中心の停戦協定
苦心の妥協条約だったはず

それを外野から
戦争が大好きな英国とアメリカ帝国に介入されたとたん
すっこむなど欧州にあってはならない話に思える
メルケルとオランド両氏は外野席にいるのではなく再登場されたい

第九演奏は年末ではなく6月1日(6月第一週の日曜日)に演奏するのが
日本の歴史を見ていて妥当であると感じたことからの
今回書き散らし文です

N響の演奏家たちのためという戦後間もない事情があったにせよ
やはり6月公演のほうが日本の歴史に沿ったものに思える
サントリーホール1万人による第九コンサートが力があり
皆さんのご意思で続けていかれるものならば
年に2回(6月と12月)にやることもいいように思える

わが大和国は
われらより10年若い天皇が毎年6月末と12月末に
大祓を行い
国民の安寧を願い祈りの時間を保持されている国柄だ
民のかまどの煙を慮るお国柄を表していると感じる
そのことにもマッチするものと考えています

投稿者 佐々木 洋 1973年 英米語卒

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