『レーニン対イギリス秘密情報部』(ジャイルズ・ミルトン著、築地誠子訳、原書房、3500円+税)
書評掲載:週刊文春「私の読書日記」(立花隆氏、2016年4月14日号)
読売新聞(奈良岡聰智氏、2016年5月15日)
日本経済新聞(川成洋氏、2016年5月25日)
2016年3月刊行の拙訳書『レーニン対イギリス秘密情報部』を紹介させて頂きます。
本書は、ロシア革命前夜の1916年春から革命後の1921年春までの5年間にわたり、イギリス秘密情報部とイギリス領インド帝国の諜報員たちがペトログラード(現在のサンクトペテルブルク)、モスクワ、中央アジアのタシケントで繰り広げた命懸けの諜報活動を描いた歴史ノンフィクションである。彼らの多くがロシアの秘密警察に尾行され、逮捕・処刑される危険にさらされながら、機密情報を自ら、あるいは赤軍、共産党、政府内の反ボリシェヴィキの協力者から入手して暗号化し、イギリスやインド帝国に送り続けた。そして彼らの活動の成果により、イギリスは1921年の英ソ通商協定締結を有利に進めることができた。「フロックコートを羽織った大使が一年かかってしまうことを、変装した諜報員は一日で達成することができた」のだ。現代諜報戦はまさにここから始まったと言える。
イギリス人諜報員として登場するのは、すでに『人間の絆』を出版していた作家のサマセット・モーム、後年『ツバメ号とアマゾン号』シリーズで児童文学の大家となるジャーナリストのアーサー・ランサム、ジェームズ・ボンドのモデルと言われた「最強のスパイ」シドニー・ライリー、諜報活動の功績によりナイトの称号を与えられた「百の顔を持つ男」ポール・デュークス、ロシア人の協力者や連絡係のネットワーク作りに長けた陸軍航空隊将校ジョージ・ヒル、著名な探検家でもあったインド帝国政治部の情報将校フレデリック・ベイリーほかである。彼ら(ベイリーをのぞく)の総司令官にあたるのが、本書のカバーでレーニンの後方に写っている片眼鏡の軍服姿の男マンスフィールド・カミング――イギリス秘密情報部(後年のMI6)の長官「C」だ。
現代では考えにくいことだが、彼ら諜報員はイギリス帰国後、自らの冒険談――もちろん機密情報については触れずに――を回顧録や記事として活字に残している。著者は彼らのそうした主観的でやや誇張気味の文章と、彼らがカミングやインド帝国情報部宛てに送った客観的な報告書の副本(1997年に情報公開)を照合しながら本書を書き上げた。
著者のジャイルズ・ミルトンは日本でも人気の作家で、9作の歴史ノンフィクションのうち既に4作(『スパイス戦争~大航海時代の冒険者たち』『コロンブスをペテンにかけた男』『さむらいウィリアム』『奴隷になったイギリス人の物語』)が邦訳されている。
書評等ですでにご存じの方もおられるかもしれませんが、書店や図書館にお出かけの際はお手に取って頂ければ幸いです。活字もやや大きめの仕上がりになっております。
投稿者:築地(岩崎)誠子、ロシア語科1976年卒