日本語教室の北京出身の新さん、何事にも積極的な生徒さん。2月開催された国分寺国際フェスタの日本語コンテストで中国横笛文化(北方・南方の違い)の紹介。
中国横笛(歴史的には古代ペルシャ、中央アジア経由中国に入った)を中国北部と、南部での違いについて、お上手な日本語で話してくれた。参加した市長、国際交流会のお歴々も感心した内容。
梆笛バンディーは短く高音、力強い笛、北方系。曲笛チュイディーは長く太く低音で響が柔らかい笛、南方系。長短の竹笛、一度中国笛のパフォーマンスを見てみたい。
渡来した横笛で、正倉院お宝蔵に眠るは、4管(竹製2,象牙製1、石製1)という。
竹製の笛いずれも長さ40CM未満で大陸北西部、長安の都から聖武天皇にお届けの、北方系の丈短きものと思われる。爾来1400年に亙り日本列島にあった。
日本の音楽好き派は、西洋クラシック・ファーストですか。バッハに始まり、モーツアルトのピアノ協奏曲ですか。ベートベンのシンフォニーでしょうか?
音楽といえば、西洋から来たオーケストラについ目を奪われるが、1600年頃誕生したイタリアオペラのために出来たという西洋版オーケストラ。その800年も前に大和の国に世界最古のシンフォニー・ワールドがあったこと、バッハが作曲演奏した時代の1000年前には既に存在していた「雅楽の世界」にこれから足を踏み入れてみませんか。
日本列島にあった古代音楽;縄文からの「国風歌舞(くにぶりうたまい)」、それは御神楽や大嘗祭の五節舞等に代表される。そこに中国大陸、朝鮮半島、はるか遠くヴェトナムあたり経由大和の国に渡来した外国音楽・舞・歌と楽器類。
それらが古代、奈良・平安の時代に、大和人の努力の末熟成度を増し、アップデートし出来上がった雅楽の世界。スルーしてはもったいない。
唐楽・高麗楽をも貪欲に吸収、昇華させ日本化する中で平安の時代には、雅楽オーケストラとして完成、そしてそれは、ほぼ同じ形で1400年以上も日本列島にある。まちがいなく日本が世界に誇るお宝ですよ。
雅楽団はと調べてみれば、管楽器(笙(しょう)、篳篥(ひちりき)、龍笛(りゅうてき)、弦楽器(琵琶、箏)、打楽器(鞨鼓(かっこ)、太鼓、鉦鼓(しょうこ))による15人程の楽人チームと回答有り。
宮内庁楽部から独立された、篳篥パフォーマーの東儀秀樹さんの登場で、我らにも雅楽が近いものになった。初めて彼のパーフォーマンスに接して、こんなものがあるのかと驚いたもんだ。吹くごとに音が変わるなんて。指揮者のいないシンフォニーチームにも驚きだが調子あわせと音頭をとることのなんと難しきことよ。
本日のテーマである雅楽、特に三管の鳳笙・篳篥・龍笛に触れる。
天皇、公家、貴族が独占してきた(紫式部が、「源氏物語」で描いた光の君と、頭の中将とで雅楽舞「青海波」を披露させた場面が代表か)それが、武家社会に入り平清盛筆頭に平氏の公達の音楽好き派が活躍、武家支配層のたしなみ、教養になって、徐々に一般人にも広まったのか。
源義経(牛若丸)が五条の橋の上で弁慶に遭遇した際、吹いていた横笛は、雅楽の龍笛、有名な「青葉の笛」(平敦盛所有の名器「小枝」が別名青葉の笛とよばれるらしいが同じものか知らない)。武家社会に既に雅楽のたしなみが浸透していたことが判る。
そも雅楽知らずだが、最も有名な曲は、「越天楽」と聞き、そのメロデイを聴かせてもらうとどこかで聞いたことがあるぞ。
あの黒田節に似てないか?
雅楽が武士たちの教養、たしなみになっていく中で、福岡黒田藩では、武士のあるべき姿を歌う「黒田節(武士)」が出来あがった。
昭和の吞兵衛たちが、酒席で良く歌っていた黒田節。祖父も、親父も何時の間にか息子(長兄)たちにも歌い継がれてきた。
「酒はのめのめ、のむならば 日の本一のこの槍を 。 。 。」
そうか福岡藩は、雅楽「越天楽」の節回しに、武士の在り方の歌詞を乗せたのか?!本来ローカルの歌であるはずが、戦後は、妖艶な赤坂小梅さんの十八番となり全国に知られるまでになる。TV白黒版時代の紅白歌合戦で、小梅姉さん大活躍。
親父が茶碗酒に気持ちよさそうに歌っている姿が蘇る。
平安の宮廷文化が、鎌倉に入って武士のたしなみとなったが鎌倉の兼好法師さん、その徒然草199段では、「大和は単律の国、唐は呂の国」とさらりと一行書くのみ。
さては、武家社会の兼好法師はん、雅楽はあまりお得意でないのかと思ったが、第219段まできて驚いた。龍笛の穴と楽人の器量について論じている。
五と六の穴について、半音の調整が出来るのは難しく、吹き手の力量が問われると、いたく雅楽専用楽器の本質に迫るご意見をお持ちで有ると分かった。
(「呂律(ろりつ→ろれつ)が回らない」は、雅楽用語から来たものですね)
貴族宮廷社会ではどうだろう、平安時代の女流エッセイスト、代表は清少納言。
雅楽の三管では、「龍笛推し」で有ったらしく、枕草子「笛の段」(218段)では横笛;いみじうをかし。遠うより聞ゆるが、やうやう近うなりゆく」とべた褒め。
笙については、月の明るい夜、(牛)車とかで聞けたのがとても素敵とあるが、篳篥は、すごくうるさくて、秋の虫ならクツワムシの様で不快感マックス、いとわろしと宣う東儀秀樹さんやフアン(東儀推し)の方が聞けばいと気分を害されることだろうと余計な心配。
東儀さんフアンの方のためには清少納言は、篳篥をすべて、「いとわろし」と言っているのではなく、下手な楽人がふけば、「いとにくし」と言っていることを追記します。
雅楽を聞き分ける能力をお持ちの様ですね。
雅楽楽器の代表格の三管(笙・篳篥・龍笛)。
笙は、鳳が羽を休めている格好に見えるので、鳳笙とも表記する。竹が17本で、15個の穴を使う。音がドレミの順になっていない、バラバラだ。
使う前に火で温めて(笙炙り)使う楽器。演奏中も、息で温度が下がれば音が狂う。電熱器が、欠かせない。こんな楽器があるのかい?
また鳳の羽に隠れて、吹き手の楽人の顔がよく見えない。
篳篥は主旋律担当、葦で出来たリードの役が90%の楽器、楽人はいくつもリードを用意して公演に臨む。
頬を膨らます。イケメン東儀秀樹さんご自慢のお顔もデフォルメ状態となる。
龍笛が副旋律。コンサートマスター役はこちら、吹くときに、息を漏らすのが普通って何?!
雅楽の先生、笑って曰くイケメンには龍笛が一番です、演者の顔が良く見えるとな。
教科書的説明では、笙・篳篥・龍笛はそれぞれ天・地・空のシンボル。
笙は天から差し込む光で天の声を、篳篥は大地に生きる人の声、龍笛は天と地の間を飛ぶ龍の声を表し三管合奏することで広大無辺の宇宙を表現する平安の世界、十二単の理想色は出来るだけ自然に近いものとのこと。雅楽も天からの声、地にあっては人の声、そして龍笛で天地の間を自由に飛遊する龍の声を表す。
なんと広大なる宇宙、自然との一体感が感じられることか。
機械的な西洋音楽のそれと比べてみるのも一興か。
指揮者のいない15人の楽人による世界最古のコンサート、楽人皆が揃えない、指揮者がいないのに如何に調子を合わせるのか興味深い。楽器も、楽人の体調も、その日次第。
西洋音楽ならオーケストをまとめるのが難しい。
西洋音楽でいう譜面なし、楽団をリードする指揮者がいない、ノイズ(龍笛の息もれ)がある、揃えない―あえてずらして演奏するなど雅楽演奏の核心は、自然に戻れとな。
龍笛のコンサート・マスター役に合わせて始まる15人の楽人たちのすご腕、神技を見てみませんか?
何時の時代も戦争は、人類社会を衰退させる。
1400年の命脈を保つ、雅楽ワールドも、戦国時代あの応仁の乱でほぼ消えかかる。
良く生き残ったものだ。
日野富子ら権力争いの中で人類のお宝が失われてもおかしくない。それでも、織田信長の時代、この雅楽は蘇る。
雅楽団の公演に見られる楽団の舞台幕、楽所幕にはしっかり織田信長公の家紋(織田木瓜)が飾られ、そのご尽力に敬意と感謝を表しているそうだ。
信長公に感謝深謝。力やパトロネージも芸術保持のためには必要だ。
明治になって、三方楽所(京都、奈良春日大社、大阪四天王寺)の楽人たちが宮内庁に集まり現在の宮内庁式部職楽部に繋がっている。
昔は250人規模の楽人ワールドだったらしいが現在は25人規模となんと十分の一になった。
絶滅危惧種レベルか、大丈夫なの?
世界最古のオーケストラ、大和国のお宝これからも守り抜く必要がありますぞ。
会社時代の知人が職場の同窓会誌(文集)に投稿され篳篥10年取り組まれてこられた苦労話を披露された、未だこれだという音が出せませんとな。
うーん、やっぱりここは、笙は、篳篥は、龍笛は、どういう音色なのか、どのように楽器がなるものか、じっくり鑑賞に行く必要がありそうだ。
日本語教室生徒の新さん、おかげさまで中国横笛論から、正倉院の奥に1400年もの間眠っている楽器を思い、大和国の「雅楽」、「国風歌舞」まで考える時間が持てました、ありがとう。
深謝&謝謝。
投稿者:佐々木 洋 英語1973年卒業