あじさい小論(集真藍か 紫陽花か)


現代の歌人俵万智さんの次の歌を見て、以前から引っかかっていた。
「むらさきに染まる雲あり「紫陽花」は
こんな空から生まれた 漢字」       俵万智 歌集より

疑問は二つ、①現代歌人の俵さんに質問、「あぢさゐ」は、日本固有の花であり、漢字表記では、伝統的に主に「集真藍」と表記されてきた。
自身の歌として「紫陽花」を詠むにあたって、そのことは念頭になかったですか?
歌人であれば言葉の専門家、従い紫陽花と漢字表記する際には、古来より議論のあった「集真藍」と現在通用している「紫陽花」の差について考える必要はなかったですか?

俵氏の歌詠みは、「紫陽花」が前提で、なぜそういう表記になったのかと自問し、紫雲のある空を眺めて得た着想を歌にしたものと読める。
ここで、日本を代表する植物学者、牧野富太郎博士の「あぢさゐ論」を紹介したい。
詳しくは、博士の著作「植物一日一題」(添付のあじさい小論(2))ご参照願います。
ポイントは、博士の植物学上の考察からの主張、日本古来種のあじさいと紫陽花は違うにある。
「あじさい」といえば、日本固有種、具体的にはガクアジサイ、ヤマアジサイ(額咲)のことを指す。漢字表記で「紫陽花」とする時は、近代、幕末のシーボルト達プラント・ハンターによる日本固有種のあじさい(ガクアジサイや本あじさいなど)を欧州(オランダ)へ持帰り、品種改良され世界に広められたハイドランジャ(手毬咲)のことを指す。

②漢字表記の「紫陽花」は誤解か?これは有名な話であるが、平安期の学者・辞書編纂者の源順(みなもとのしたごう)が、当時先進国中国研究家でもあり、著名な白楽天の漢詩にある「紫陽花」(それまで無名の花に命名する歌)から借用、日本固有種であったガクアジサイ等に「紫陽花」と命名しそれが現在まで使われている。
博士は、それが間違いであることを先の著作で強く主張。決定的と思われるのは、白楽天の漢詩には、「紫色で、香りの高い花」に名前がないのを惜しみ「紫陽花」と命名したと説明にあることだ。源順の間違いは、日本固有種であるガクアジサイ、ヤマアジサイ(色彩は紫よりも藍、広く浅黄色、縹色等に近い)に命名するからには、権威が必要とばかり当時の先進国中国の漢詩、とりわけ白楽天の詩から借用したことにある。牧野博士はいたくご立腹であることが著作から読める。(植物学上の学名についても、シーボルトが現地妻お滝さんを出しOTAKUSAを使用したことにも怒ったとの説もある)
皆様にも博士著作に引用された白楽天の漢詩を熟読いただければ嬉しいです。

次に、博士著作にある、「世人に何度もこの間違いを問い」のくだりである、「俳人・歌人等にも大いに責任ある」とのご高説。これは何を意味するのか考えてみた。
源順が命名し、その後芭蕉や、正岡子規そして俵万智さんまであじさいを紫陽花で詠む理由は何か、俳人・歌人の責任まで問われるのはなぜか?素人なりに考えた結果は宮廷文化の「色彩」問題ではなかろうかという思いに行き着く。
聖徳太子、天武天皇以降、平安の貴族宮廷文化までに定着した大和国の伝統的色彩(位色)。
天皇しか使えない絶対禁色は別格として位色ランク、特に紫(上位)と藍(下位)では格段の違いがある。この2色の間に緋色迄あるからには間違いようがない。特に宮廷文化のもとにあった源順、平安中期の学者にとってそうではなかろうか。
何故、古来種の日本あじさい(ガクアジサイの藍色)の色が紫に転じたのであろうか?
そして、芭蕉・子規・俵万智まで、あぢさゐを詠むのに紫陽花を使い続けるのであろうか
それが私自身の疑問です。
ご参考に、芭蕉と子規の句を見る。
(芭蕉)
1・紫陽草や 帷子時の 薄浅黄
2・紫陽草や 藪を子庭の 別座敷
芭蕉の時代、 あじさいを紫陽草と表記し、色は浅黄色と表現、当時のアジサイは地味であり野草・藪の中に生えるとの位置付け、色彩も武士の死装束である浅黄色である。
(子規)
紫陽花や 昨日の誠 今朝の嘘
子規の時代には、紫陽花も花街の華々と使われている、本あじさい(手毬咲)のイメージ。
古来種のガクアジサイやヤマアジサイが自然交配で本あじさい(手毬咲)に発展してきた。
最後に、全国の花を扱う専門家に聞けば、現在日本で桜と並び、人気のある紫陽花は、本あじさい(手毬咲)や輸入物である西洋アジサイ・ハイドランジャの系統という。アメリカアジサイの一種アナベルのような見事な輸入品種もある。手がかからない、素人でも簡単に育つ(玄人筋から見れば商売にはならない)ことが今の人気の秘密という。
6月、7月と紫陽花のシーズンです、日本各地で雨に咲く花、あぢさゐ(集真藍)OR紫陽花(ハイドランジャ)を楽しむ際に、今回提起の漢字表記問題を考えてみるのも面白いかもしれません。

投稿者:佐々木洋 英語 1973年卒業

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